舌癒着症とは
体験談&メッセージ
対応医療機関リスト
講演会・座談会
相談窓口

<体験談&メッセージ>

体験談@ 三村 幸さん(仮) (手術時 娘4歳)
娘は、生まれたときからアトピーの痒みが強く、眠りがとても浅かったのです。
3〜4歳になっても、毎日のように眠ってから30分もすると「痒いよ〜!」と言って、
泣きながら目を覚ましていました。

正直、夫婦共々疲労困憊の状態でした。
また、公園でお友達と遊ぶのが苦手で、
幼稚園では警戒心が強くいつも何か怯えている様な感じでした。
3歳の頃、言葉は理解できていてもコミュニケーションが取りにくく、
落ち着きなく、保健所の育児相談では、「自閉傾向あり」と言われ、
療育センターも紹介されました。

その後、娘が4歳の時に舌癒着症という病気があることを知りました。
その時「これだ!改善されるかも!」
と希望が見えた気がして、すぐに受診し手術を受けました。

手術したその日から、不思議と体を痒がる事がなくなりました。
その後、以前のように夜中に頻繁に起きるという事もなくなり、
生活リズムが整い、心身ともに落ち着いてきました。

そして私自身も子育が楽しめる様になりました。
しっかり眠れる様になった為か遊び方も活発になり、
幼稚園の先生に「○○ちゃん、変わりましたね。

近頃、目がキラキラして、意欲的に取り組んでいますよ!」と言われ、
幼稚園での生活を楽しそうに過ごしている娘を見ると、
手術を受けさせて本当に良かったなぁ!と思っております。

娘の手術の3ヶ月後、私と私の母(58歳)も舌癒着症手術を受けました。
私は子供の頃から悩まされていた冷え性(冬には靴下を履いて寝てました)
・肩こり・頭痛・慢性疲労がすっかり解消されました。
気分が良くなって、体も動くようになった気がします。
母は熟睡できるようになって、大人にもこんなに効果があるのね!と驚いています。

     

体験談A 野口 陽さん(仮)(手術時 娘3ヶ月)
我が家の大事な大事な次女の「舌を切る」決心をしたのは、娘が生後3ヶ月の時でした。
 2408gで生まれた娘は、母乳を飲む2回に1回以上はムセてチアノーゼになっていました。
私に抱かれて必死にオッパイを飲みながら、息が止まり、黄疸の残った顔が緑色になるのです。

これらの症状を産科や助産師、小児科、耳鼻科に相談しました(呼吸状態が特に悪い時には
救急外来も受診しました)。「まだ呼吸や飲み方がうまくないだけで、そのうち治る。」
と言われるだけでした。
8人目の医師にやっと「軽い喉頭軟化症」と診断されました。ところがまたも、
積極的な治療はしなくてよい、ほとんどの場合は
成長と共に生後6ヶ月くらいまでに治るというのです。
毎日4回はチアノーゼになっているのに、
放っておいてよいとは、なんと心細い診断結果でしょう。

 舌癒着症のことは、娘が生まれる前に知人から教えてもらっていたので、
助産師や医師に手術のことを相談しました。答えは「反対はしないが、
自分の子供には手術しない」から「全く意味がない」まで、
語気の強弱こそあれ総じて反対でした(中には舌小帯短縮症と混同している人もいました)。
夫も反対でした。これでは、舌を切る(切らせる)勇気がでません。

昼も夜も緊張した時間を過ごしました。
特に夜は、いつでもすぐに救急車に乗れるように、
洋服のまま寝ていました。苦しがっている娘を本当に放っておいていいのかという問いが、
私の頭を離れる時はありませんでした。
そうして約1ヶ月悩み、娘の状態を一番よく知っている
私の直感に従おうと決心し、夫を説得し、夫も一大決心をし、手術を受けさせたのです。

 あっけないほど短時間の手術の直後から、娘の呼吸は深く安定し、
身体のこわばりがとれて柔らかく温かくなり、ムセなくなりました。
この時の安堵感と苦しみからの開放感、そして手術を受けさせる
決心を早くできなかった申し訳なさは、ずっと忘れません。

この体験談を書くにあたって、ムセてチアノーゼになっていく娘の様子を記録したビデオを改めて見ました。
娘も私も本当に苦しんでいました。
もし、舌癒着症を知らなかったらどうなっていたか・・・、
想像するだけで当時のように苦しく辛くなります。
知っていたことは幸運でしたが、
舌癒着症とその手術がもっと一般的で肯定的であったら、
情報収集や心の葛藤に無駄な時間を費やさなくてすんだのではと、悔やまれてなりません。
(注:術後の経過については個人差があります)