World Congress of Families の目的

目的

私たちは、神が造られた自然な人類の家族が安定した社会にとって不可欠であることをはっきりと主張するために、世界の多くの国々、民族、文化、社会、宗教を持つ人々の集う、世界会議を開催しています。私たちは、自然な家族を大事にする世界の大勢の人々と、良心を持つすべての人々に向けて話しかけています。国家主権主義、個人主義、性革命といったイデオロギーは、今日、法的な家族制度に異議を唱えています。これに関連している問題は、離婚問題、子育ての価値の低下、家族の時間の衰退、道義的に相対主義となった公教育、性的自認の混乱、乱交、性感染症、中絶、貧困、人身売買、女性に対する暴力、児童虐待、老人の孤独、過度の課税、出生率の低下などです。家族を守り、公共政策と文化的規準を導くために、宣言では、家族が社会の中で果たす重大な役割を尊重し、支持することを断言しています。

「自然」な家族と 社会

自然の家族は、社会の基本的単位であり、人間固有のものであり、生涯に亘る結婚における男女の結びつきを中心に置くものです。自然の家族は、結婚、生殖、又は或る文化の中では養子縁組によって定義されるものです。子供を喜んで受け入れる、自由で安全で安定した家族が、健全な社会に必要です。規範としての自然な家族を放棄する社会は、混乱と苦痛に向かいます。全ての社会・文化は、家族の権利や責任を尊重し、支持するべきです。



家族と結婚

健康な家族生活の基礎である結婚は、生涯に亘る利己的なものを超えた約束をして新生活を始める男女に、安全と満足、意義、喜び、精神的な成熟をもたらします。結婚では、夫と妻は共に互いの愛で寄り添い、尊敬し、助け合い、共感する生活を送ります。結婚で起こり得る夫婦の争いは、個人や結婚における成長できる機会であり、現代文化が促すような結婚を壊す理由では無いのです。離婚は、家族と社会に有害です。妥協のない悲惨な関係の場合には、法的その他の適切な処置を講じますが、社会や政策は、離婚を思いとどまらせるべきなのです。結婚におけるしっかりとした責任は、子供が必要とする家族生活における安定をもたらすのです。子供は、結婚がもたらす愛のある子育て、両親からの擁護を得る権利と必要性を与えられているのです。共同体と宗教は、理想的ではない家族を助けるべきでしょう。社会政策は、一人親による子育てを促進するべきではありません。


家族と子供達

自然な家族は、子供の健全な発達に、最適な環境を提供します。健康な家族生活は、人間に必要な基礎的なものを満たし、愛を欲し与えるという人間の心の欲求を満たします。家族は、理想、安全、責任、愛、モラル、宗教という、基本問題に対して、人間の本来の心構えを伝えます。自然な家族は、子供たちを育て、子供達に精神的、物理的、心理的、道徳的成長を与えます。政治は、子供に必要な家族生活の安定安全を作り上げる、家族の関係の定義や永続性を促進するべきです。


家族とセクシュアリティ

男女の補足的な性質は、肉体的心理的に自明のものです。男女の違いは最初からそう作られているのであり、社会的に構築されたものではなく自然なのです。セクシュアリティは、子供を作るためのものであり、結婚を誓った夫と妻の間の愛の表われです。男性と女性の結婚は、自然な性の営みのための、唯一つの道徳的環境を形成するのです。ポルノグラフィーや乱交、近親相姦、同性愛による、性の規準からの逸脱は、人間の精神を満たすことができません。それらは、妄想や後悔、疎外、疾病に結びつきます。子供への痴漢は、子供を傷つけます。また、どんな有効な法的、心理学的、道徳的正当性も、小児性愛の憎むべき犯罪を抑止できません。文化と社会が、家族生活を支援し強くして、性道徳の規準を促進するべきなのです。

家族と生命

本質的価値、生命の権利、そしてすべての人の生命の尊厳は、出生から死までの、人生全体にわたって存在しています。すべての人の命は、家族や社会への贈り物です。家族を愛し、老人やハンディキャップのある家族も含めて、家族の一人ひとりを大事にするのです。中絶や安楽死によって、罪の無い人の命を奪うのは、いけないことです。命に対する尊敬は、私たちが命を守り、末期患者の看護し保護すべきことを要求します。胎児を殺し、死に至る胎児への実験や堕胎薬もまた、不正に命を奪うことです。人間に実験を施し研究することは、特に人間の被験者に有益であるべきです。堕胎された子供や、臓器売買、人間のクローンを作ること、人間の遺伝子工学は、商品として人命を扱うものであり、許可されるべきではありません。動物と人間の遺伝実験は、非人道的な犯罪です。政治は、人の命の固有の尊厳を尊重するべきです。




家族と人口

人間社会は、母集団の人口が交替していくことに依存しています。本当の人口問題は、人口過剰ではなく人口の過疎化です。多くの国家が、中絶の広がり、産児制限、非婚、家族規模の縮小から派生する人口置換の低下を経験しています。人々の寿命は延びて、高齢者の人口が増えています。一方で、老人の退職所得や健康管理を支える納税者の数は減少しています。各国政府や創造的人間企業、慈善事業が、貧困、飢え、疾病の問題解決に最大の望みを与えているので、「人口抑制」政策を受け入れることが強制される国があってはなりません。開発途上国を支援する努力は、依存を促進するのではなく、家族の自給自足の促進に焦点をあてるべきなのです。



家族と教育

親は、独自に、子供達の躾や教育を決める権威や責任を所有しています。本質的に、教育は、技術的・実際的であるだけでなく、道徳的で精神的なものです。家族は、子供の最初の学校です。親は、最初の最も重要な教師です。共同体への愛や国家への忠誠は、家族の中で始まるのです。国は学校制度を独占し権限を持つ場合、親の役割を奪うことになります。また親から子供達の教育に関する本質的な権威を奪うことになるのです。また、政府は、親の承認なしに子供の健康を扱う学校やヘルスクリニックを承認すべきではありません。学校のカリキュラムは、親が子供に、道徳や精神的価値を教える権利を弱めるべきではありません。親は、子供たちに適切な教育を与えるために、子供たちに対して、また社会に対して義務を負っています。親は、子供を宗教的学校に入学させるか、家で子供たちを自分達で教育するという、親の選択に関して、税金を含めて、自由に教育資金を使うことができるようにするべきです。



家族と経済


企業・政府の経済政策は、家族経済が繁栄することを可能にするために、工夫されるべきです。家族によいことは、経済にも良いことなのです。家族経済は、個人的使命感を満たし、食物、保護、教育、ヘルスケア、チャリティー、レクリエーション、退職所得、税、相続というような、家族の現在と将来のニーズ、義務および要望に応えるために、意義のある雇用の追求に集中させるのです。健康な家族は、良い市民、労働者、有能な消費者、革新的な企業家を生産します。雇用者は労働者に、柔軟に、家族、出産・育児休暇を与えるべきです。企業の慈善や経済開発のための国内外の資金は、自然な家族を強くすることに使われるべきです。そのような資金を、有害なドラッグ、賭博、暴力、ポルノメディアというような、家族をむしばむようなものを惹きつける商売は、家族を傷つけますし、反対すべきなのです。




家族と政府

政府は家族を保護し支援するべきです、そして家族が社会の中で果たす重大な役割を奪ってはいけません。悩ましい社会問題に取り組むことが善意だとは言え、家族が所有している権利や責任を行使することを、国などが行使しようとする場合、その影響は家族をむしばみ、退去させ、問題をより悪くするだけです。政府の政策は、フルタイムで家族の世話をすることを楽しんでいる母親を、家庭外の職業に就くような圧力をかけるようなものにするべきではありません。政府は、家族が結婚の誓いの中で形作るもの、子供を産むこと、意義ある仕事を求めること、肉体的健康のニーズ、教育を選択すること、子供を育てること、慈善、市民及びレクリエーション活動への参加、おじいさんおばあさん達の介護、未来の家族も含めて家族のために家を建てること、信仰を、自由に責任を持って行なえるような規律正しい、合法的で公明正大な社会を保証するべきです。

家族と宗教

親は、子供達に宗教やモラルへの信頼を教え、そういう宗教的教訓によって子供達を育てる権利を持っています。宗教の自由への人間の権利に基づき、それと矛盾しない所で、家族は、宗教的価値を信じ、それを愛として実行し、表現する権利を持っているのです。宗教は、創造された自然な家族をむしばむ文化的な傾向に順応してはなりません。人間は、家族が人間の天性であり、社会的基本単位であることを認識するために、宗教的価値を持つ必要はありません。自然な人間の家族は、創造されたものであり、良い社会にとって必要であること、命とセクシュアリティは神からの贈り物であり、丁重に健全に享受されるべきであり、家族は神聖であり、家族の教育、健康、福祉を供給するべき、独自の権威、責任、能力を持っていること、そして、社会的慣行はすべて、家族制度を尊重し支持するべきであること等について、宗教組織はそれを支える重大な文化的指導的役割を持っているのです


家族と尊重

私たちは、現在と将来の人々の利益のために、この宣言の原則に従って、自然な人間の家族の設立を尊重し支持するために、世界のあらゆる人々、家族、社会組織、政府にむけて、これを強く勧めます。