乗っ取られた人権(Hijacking Human Rights

1999年ジュネーブ・世界家族会議での発表)

Balmforth, Kathryn, J.D.(アメリカ

NGOFamily Voice」代表。法学博士。ロサンジェルス(カリフォルニア)生まれ。6人の子供の母親。


この会議に委任された重要なウィルスリン世界的調査は、ここにいる私たちみんなが既に知っていることを確認するものです。世界の圧倒的多数の人々は、最高のものとして家族を見ています。子どもたちは何より重要です。世界のあらゆる所の大多数は、安定した結婚が健康な家族生活にとって必要であり、結婚が男性と女性の間で行なわれるもので、他の組み合わせはないものだと理解しています。

ウィルスリン調査には中絶に関する質問が含まれていませんでしたが、他の最近の調査では(少なくともアメリカでの)、大多数が、合理的理由による中絶を支持しないことを表明しています。世界の多くは、妊娠中絶合法化反対の意見の方が強いのです。

ウィルスリンの調査は、少数の意見を代表しているだけではあるが、国連の一部で大きな力を持つ人々の反家族運動が、少数の国々の政府によってのみ賛同されているものです。この少数の政府(私は自分の国の政府をこの中に入れているのですが)の大部分は、国民の大方の意見を反映させていないのですが、力のある地位に巧みに入り込んだ、エリートたちの意見を反映させているのです。

急進的なフェミニスト、人命をコントロールするイデオロギーの持ち主たちや反家族運動を行なっている同性愛の権利を進める活動家たちは、私たちと同様に、彼らが世界のマイノリティーだけの為に主張していることを自覚しています。また彼らは少数であるが故に、公平で開かれた民主主義のプロセスでは、国内的にも国際的にも勝つことが出来ないということを知っています。

反家族の派閥は、国連の基本的原理が遵守される場合、国連で勝つことが出来ないのです。この基本的原則とは、「すべての加盟国の主権の平等は・・・民族の平等な権利および自決が尊重する。」ということです。

反家族集団は、民主主義という手段によって勝つことができないことを知っているので、システムを開発し操作する方法や、自然な家族を支持する大多数の国家に、彼らの意向を押し付ける方法を探しています。それらは様々な非民主的戦術を用います。そのうちの1つは、長い演説のテーマです。

リストには、保守的な国々を計画的に不利な立場に置くことを目ざすための、不公平な交渉手続きが含まれています。長い文書は、厳しい時間的制約下で協定されます。ノンストップで協定される場合、論争の的になる問題はセッションの終わりに蓄積されます。多くの場合、個別のグループの中で通常は翻訳なしで同時に協議される論争の的になる問題があります。小さな代表団は、すぐに何処へでも行ける人材を持っていません。全ての代表団がそれを調べたり熟考したり、意見を示す前に、不利な言語がドキュメントの中に、こっそりと入れこまれています。

誤魔化し実践リストは、中立を支持する国連事務局が、反家族イデオロギーに非常に偏った交渉文書を提出する時に発生する「1セットのトランプカードを不正な切り方で揃える」ようなものも含まれる。

それは詐欺の典型です。イデオロギーに駆り立てられている代表団は、文書に、意味の曖昧・不明瞭な言語を入れこみます。リストは、開発途上国に対する経済的な圧力を含んでおり、反家族アジェンダに反対することをやめるように開発途上国に強いています。

リストは、また、利害の衝突を管理する規則を加えていません。規則がないために、特別な利益団体は、自分達に多くのお金と権力を要求する文書の協定が可能な、国の代表団の席を要求することができます。例えば、最近終わったばかりのカイロ+5の会議で、国の代表団の40以上の席が、堕胎を進め、急進的な児童のリプロダクティブの権利のために金銭的利害関係を付与された、いわゆる「家族計画」グループに占拠されました。これらの特別利益団体は、決して国民を代表してはいません。

リストでは、国連が「市民団体」のイベントを支持するようになっています。これらのイベントは公的資金で賄われますが、参加者は予め決められており、結果は先に決まっています。イベントの結果は、「市民団体」が孤立しており、提案に圧力がかかっているように仕組まれた中で、全ての「市民団体」の意見として、提案が国連代表に提出されます。これら全ての戦術を、問題化して削減するべきなのです。

しかしながら、私が今日注目したいトピックは、国連の人権メカニズムの乗っ取りが進行中だということです。これは、自分の文化および宗教を享受し、かつ全ての人々が自国の政治的将来を決定する権利に対する潜在的な脅威です。さらに、それは、宗教と良心の自由という、長年、普遍的に認識された人権に対する脅威であり、また特に道徳や宗教、私たちの子供たちを、躾を通して導くことへの脅威です。長い時間をかけて証明した価値を子供達に渡す自由、我々が親のお陰で享受している、理に適った生産的生活を子供達に伝える自由が保持できなければ、もはや我々は自由な人間ではないのです。

反家族派は、力を直接行使できる人権システムを狙って来ました。彼らが求める力は、「人権」の名のもとに、皮肉にも、ほとんどの人の人間的自由を奪い、実行する力です。

国際的な人権システムへの協力を求めて、反家族集団は、西洋で開発されていた戦略を採用しています。例えばアメリカで、圧力団体がアメリカ人の意志に反した目的を持っている場合、彼らは新しい「権利」を発明し、大多数にそれらを課すような意思を持つ裁判官を探し出します。そのようにして、アメリカは現政権を中絶の「権利」に従わせるようにしました。毎年1万人?150万人の子供達が堕胎され、その中絶の理由の97%は安易に行なわれているのです。

この同じ戦略は、アメリカの同性愛の権利活動家によって現在使用されています。ハワイとアラスカ州の2つの最近の選挙では、いわゆる「同性愛者の結婚」についての概念は、31の差で圧倒的に拒絶されました。「同性愛者の結婚」についての概念は、アメリカにおいては圧倒的に不人気です。したがって、同性愛の権利活動家は、又民主主義のプロセスを回避して、「同性愛の結婚」と「権利」を確立し、アメリカ市民に、それを強要させることのできる裁判官を見つけるために裁判所から裁判所を渡り歩いています。

活動家達は戦略を国連に持ちこみました。国連では、新しい「権利」を作成するために法廷と裁判官を使う代わりに、活動家は「専門家」として曖昧に指名された人々によって構成された人権委員会に、上手くアピールしています。これらの「専門家」のうちの数人は、反家族アジェンダを進めるために、人権条約を再定義して解釈し直しているのです。

国際社会の一般的ルールとして、加盟国の主権を尊重しなければなりません。これは国際的に妨害のない、国内問題を管理する国家の権利を意味しています。これは国連の設立した原理なのです。

しかしながら、国際法的な理論の下では、「人権」は国家主権に取って代わります。したがって、国際法や施策が「人権」を侵害する場合、国際社会には理論上、人権規準への従順を強要するために、締約国に干渉する権利があります。

もちろん、「人権」の範囲は、様々な国際協定で述べられていますが、非常に広大なので、国家主権の、この「例外」は、完全に規則を呑み込む可能性を持っています。国内の政府のあらゆる面を占有する可能性を持つ、様々に広範に亘る諸条約に述べられた人権があるのです。

反家族活動の使命は、国際的な「人権」の意味を、伝統的な私的領域にもっと入りこませ、立法に影響を及ぼす家族や宗教を、まず留保することでした。家族と宗教を侵す新しい「権利」の発明は、国際的な合意も無しに起こっています。条約自体は、そのような権利が存在すると単に宣言しているだけです。

驚くことではないが、最も急進的な活動が、その頭文字をとって「CEDAW」と呼ばれる女子差別撤廃委員会で行なわれています。「人権」は政府への抑圧から守るものであると、多くの人が認識していますが、CEDAWは、その反対のことを行っています。それは最も私的で神聖な場所に乱入するような、考えられる限りの、最も抑圧的な政府を望んでいます。それは、政府に「適切な手段をすべて取るように要求します・・・男女の役割分担に基づく慣習、社会的文化的偏見の除去を達成する目的を持っています。

CEDAW委員会で差別のターゲットになる「ステレオタイプ」は、「母性」です。CEDAW委員会は、「母性は特別な保護と援助を与えられねばならない」という世界人権宣言と、全く矛盾しています。各国の政府が母性保護の法律を可決した場合、それらはCEDAW委員会によってズタズタにされ、家父長制や有害な性的役割分担を助長させるとして、非難するのです。CEDAW委員会は、「高貴な」職業として母性を演出する政府を嘲りました。CEDAW委員会は、或る政府を、3歳未満の児童の30%しかデイケアに預けられておらず、残りは家庭で育児が行なわれていることを、批判しました。CEDAW委員会が母性を無条件に促進させたのは、レスビアンが人工授精できることを拒絶されなかったことを確実にするために、ヨーロッパの政府に忠告した文書だけでした。

市民的政治的権利に関する国際規約を執行しているCEDAW委員会、人権委員会の両者は、カイロ会議、北京会議の文書に記された、曖昧に定義された2つの用語、「性と生殖に関する権利」および「性と生殖に関する健康」の概念を利用しました。これらの会議文書は、拘束力の無いものに思われていましたが、「性と生殖に関する権利」、「性と生殖に関する健康」という用語は、「専門家」による委員会によって拘束力のある人権条約に入れ込まれ、カイロ会議、北京会議の両方で拒絶されましたが、合意を得ないまま、意味を曲げられてしまいました。

例えば、中絶は任意の合意文書の中で権利として言及されていませんが、CEDAW委員会および人権委員会は、現在定期的に、各国に人工妊娠中絶法を検討するように、又、自由化するように命じています。各国政府は、これらの委員会によって、同性愛を合法化するように命じられています。

今年、CEDAW委員会は、売春を合法化するように政府に命じました。「性と生殖に関する権利」の急進的解釈は、人が、身体を売る権利を含んでいます。実際には注意深く見れば、国連文書の中で売春婦という言葉を見ることはありません。その売春を暗示する名称として、他の仕事と同じように「性別労働者」と呼ばれています。

反家族運動は、そのアジェンダに、より大きな「寛容」を要請しているように装っていますが、その意図が反対する全てのものを排除し、彼らの急進的ビジョンに合意することを、全ての加盟国やその文化に強いることにあるということが、更に明確になって来ています。彼らは、特に、普遍的に認識された人権、文化的自決、宗教および良心の権利、子供達に親が道徳や宗教教育を施し導く権利を、侵害し縮小しようとしている。

これらは、私が過去2年間参加しているすべての関連会期の中で、まだ50年間普遍的な合意の下にある権利です。反家族代表団は、これらの権利を弱めることを試みました。そして彼らが新たに作成した「性と生殖に関する権利」に従属させようとしています。今年のカイロ+5会議では、フェミニストに支配された代表団は、中絶を行うこと、ヘルスケア供給者に、もっと中絶するように圧力をかけるように要求しました。同時に、彼らは、ヘルスケア供給者の基本的な良心の権利に言及したり維持することを拒否しました。

CEDAW委員会の宗教への敵意は、あからさまで明示的です。宗教と文化は、女性の権利への主要な障碍であると定期的に確認されています。CEDAW委員会は極限状況に言及しません。もっと正確に言えば、「すべての国々で、公的生活に参加する女性の能力を禁じる最も著しい要因(の一つ)は、文化的価値の型と宗教的信念である」と位置づけているのです。委員会は、女性の権利の視点が、宗教や文化と衝突する場合、宗教と文化を壊すべきだという見解を繰り返し述べてきました。委員会は、委員会によって「許容可能である」と考えられた方法で、コーランを解釈し直すべきであると、イスラム教の1つの国に、あからさまに指示しました。CEDAW委員会によって、「真実のジェンダー平等は、内部の宗教的規範、伝統および習慣によって、国際法規準の義務の解釈を変えることを考慮に入れない。」言いかえれば、すべての国家は、文化、宗教あるいは自決権にかかわらず、CEDAW委員会の、女性の権利の視点に同意しなければならないのです。

最も不安な試みの1つは、10歳位の子供達に、新たに、自律的な「性と生殖に関する権利」を与えるというものです。それは、性行動への権利、セックスの道具にアクセスする権利、避妊および中絶を含むものです。今年の女性の地位委員会のセッションに、欧州連合は、出来るだけ小さな子供達に、「セクシュアリティ」を教えることを提案する所まで来ています。同じセッションで、欧州連合の代表は、結婚外の節制がAIDSを回避する1つの方法だということを若い人々に教えようとする教皇庁の代表団を公然と嘲り嗤いました。

カイロ+5会議では、私の国の政府が、文書から、全ての親の権利を取り除こうすると共に、セクシュアリティがティーンエイジャーの「権利」であるという概念を強くしようとしている所を見ました。カトリックの家族と人権研究所が、アメリカ人は自分達の政府がそんなことをしていると信じないし支持もしないという明白な真実を述べた35人の国会議員が署名した手紙を入手するまで、米国は、その方針を継続していました。この手紙は、米国の代表団を当惑させ沈黙させました。

米国では又、青年期に教えられるべきテーマのリストからの「信頼できる性行動」という言葉を削除するような、内密での試みが繰り返されてきました。彼らは「信頼できる性行動」という言葉に替わって、「セクシュアリティ」を使いたいのです。「セクシュアリティ」という用語は、現在使用されているように、受け入れ可能なライフスタイルの一つとして、同性愛を教えることを含んでいます。教皇庁の代表団が、米国の行っていたことに注意を促し「アメリカ代表団は信頼すべき性行動に対して、何をするのか?」と尋ねるまで、米国はこの試みを続けていました。確かに何をするのでしょう?

児童の権利条約は面倒な条件を含んでいる条約です。児童の権利条約は、子供達のために、更に自律の権利を要求しています。条約によれば、マイノリティーの子供達は、彼らの親に対してさえ、プライバシーの権利を持っています。また表現と結社の自由、そして彼らが何を読み学習するか決定する自律の権利を持っているというのです。条約を管理する児童の権利委員会は、イギリスが、思春期の子供達が論争になっている性教育授業を受けるかどうかを親が決定することにしたので、イギリスが条約を破ることを最近知りました。

この数年にわたって、児童の権利委員会は、極端に親の権利に敬意を払わなくなっています。「オンブズマン」を作ることを要求し始めました。その結果、子供たちが、権利が侵害されたと感じた場合、子供たちは親を訴えることができるのです。委員会は、親が子供たちの見解に適切な注意を払うことを確かめるために、さらに国内法の成立を要求しています。

児童の権利条約は、子供たちを、責任を持って育てる親の能力を完全に蝕む可能性を持っています。さらに、イデオローグ達を親子間に介入させ、親を嫌悪する哲学を子供達に吹き込むことを可能にさせる恐れがあり、これが反家族運動の主張していることでもあります。

最近の経緯は、条約の潜在的な影響の赤裸々な例を提供しています。コロンバイン高校での大虐殺事件の後、クリントン大統領をはじめ多くの人が、十代の子供にもっと親の監督が必要だという声明を出しました。政治的立場を超えて、親は、子供達がインターネットでどういう情報を得て、誰と情報を交換しているか監督するべきであるということに、広範囲からの同意が示されました。親がこうしたことをしなければ、子供達が暴力行為を行なった場合には、法律上責任を負う親を留置するという話さえありました。クリントンは、さらに児童の権利条約を批准するように連邦議会に要求しています。しかし、児童の権利条約の下では、クリントンが主張していた親の監督は、十代の子供達の権利を侵害し、子供達に対する制約を親に課そうとする政府の考えを妨げるのです。

「これはすべて酷すぎるが、人権条約自体は、その見解を強制することができないのだから、我々が心配する必要はない」と言う人もいます。それは法律的には、今のところ真実です。人権条約自体に与えられた形式上の施行力はありません。条約自体への従順は、多かれ少なかれ加盟国の分別にあります。

しかしながら、非公式の方法が存在しているのです。特に開発途上国は、例えば、それに応じるように、経済協力によって国々を恥じ入らせて当惑させ、条約に応じるように圧力をかけられるのです。

さらに、国際的な人権をもっと「実行させる」ための、不断のあらゆる試みが存在しています。国際刑事裁判所で行なわれていることは、特に不穏です。「非人道的犯罪」として、「迫害」と「強制妊娠」を罪だと定義する裁判所を、法令として設立する、という言葉があります。この言葉は、反家族集団によって作成されました。この言葉は、例えば、急進的な検事や裁判官の支配下で、男同士の結婚式を行なうことを拒絶した聖職者や、単に中絶は悪いことだと教えただけのイスラム教の導師を、刑務所に入れることも可能にさせる広範で曖昧な言葉なのです。

反家族運動による人権システムのハイジャックを、家族や主権を大事にする国々や人々は拒否しなくてはなりません。人々への管轄権のある主権を持つ政府の一部である裁判官達が、新しい権利を発明して、大多数の人々にそれらを課すことは、非民主主義的です。しかしながら、「専門家」による委員会が、新しい権利を発明して、それに同意しない主権国家に強要しようとするのは、とてもとても悪いことであり、完全に違法だと思います。主権を持つ政府が、その一見会議と見えるものの中で、それを理解して、条約を批准した場合、条約自体が根本的に条約の意味を変更し、政府が決して批准していない意味に結び付くことが予期されることは、良くありません。

加盟国が、発明された新たな権利による人権条約自体を抑制することができない場合、彼らが関連条約から、彼らの主権、文化、宗教を守るために退くことを考慮することを強いられたと感じるかもしれません。

さらに、ここにいる妊娠中絶反対をはっきり主張できる、素晴らしい家族擁護の国連代表の皆さん、拘束力のない会議や委員会文書でさえ、その言語に関して警戒することが重要です。「性と生殖に関する権利」のような、曖昧で拘束力のない言語は、「性と生殖の権利」という言葉が協議の上、拒絶されたものを正当化するために、今使用されているのです。色々な立場にある政党が同じ文書に署名できるためには、曖昧な言葉が外交の有効なツールかもしれません。しかしながら、イデオローグは、操作のツールとして便宜上、これを使用しています。

曖昧な「包括的」な文章は、特に危険です。例えば、市民的・政治的権利の国際条約は、「人種、顔の色、性別、言語、宗教、政治的その他の意見、国家的社会的起源、財産、出生、その他のステータス」に基づく差別を禁止しています。人権委員会は、「他のステータス」という用語に、同性愛が含まれると考えています。

女性性器切除のテーマが扱われる場合、「包括的」なフレーズが常に使用されます。女性性器切除を擁護する人はいません。しかし、フェミニストはそこに止まりません。彼女らは、常に「女性性器切除、及びその他の有害な従来の慣習」への非難を主張します。このフレーズは、潜在的な害の出所であると思えます。確かにそうなんです。私は、最近、定期的にフェミニストに資金提供するアメリカの基金によって資金供給された、ナイジェリアで開催されたNGO会議のレポートを手に入れました。そのレポートでは、「その他の有害な従来の慣習」の中に、「処女性」をリストアップしています。

国連のフロアに場所を持っていない我々の仲間は、何を行うことができるのでしょう。第一に、我々は自分の家族を申し分のないように見せることができます。強い家族が育てた素晴らしい若者達、家庭崩壊の結果として広がっている病に苦しんでいない若者達ほど、妊娠中絶反対、家族擁護の意見を説得力あるものにさせるものはありません。

政治的な関与は、あらゆるレベルで起こり得ます。NGOとして協力して、国連で働く人々を派遣することを支援することができます。あなたの地域に妊娠中絶反対のNGOがない場合、1から始めて、信用を得るような存在になることができます。NGOコミュニティーでは、数に強さがあります。NGOの大きな連合に与えられる、手続き的な特権があるのです。しかしながら、その手続き的な利点を越えるものもあります。カイロ+5会議で、カトリックの家族および人権研究所は、その会議で、家族擁護、妊娠中絶反対のNGOを結集するという素晴らしい仕事を行ないました。妊娠中絶反対、家族擁護の力強い支援が起こり、完全に会議の空気を変えたのです。

またあなた方は、国内で深く関与できるでしょう。問題を理解してください。あなたの国の人々の家族擁護の意見を反映させて、国連の代表団に圧力をかけて下さい。NGOは国の代表として認められているので、代表団の席を確保するとか、交渉に参加したり、少なくとも監視人になれる可能性がありうるのです。カイロ+5で、リタ・ジョーゼフは、オーストラリアの代表団の位置を得ました。また、その代表団の行動の差は顕著でした。カイロ+5でのアメリカ代表団の経験は、誰かが遠回りの活動に光を当てる時、問題をカバーできることを実証しました。

家にいるならば、公立学校で教えられているものに目を近づけることができるでしょう。教科書を調査して、あなたの耳や目で、子供達に、このアジェンダを課そうとする教師を見聞きしてください。私はアリゾナの公立の学校委員を2期勤めました。そして、特に論争の可能性がある場合に、学区に返事をさせるために、1握りの小さい集団であっても熱心に専心している親達を連れて行く方法のあることを知っています。

私は、家族擁護・妊娠中絶反対の運動が出来上がっていると信じています。そして、国連で違うものを提起して行くつもりです。現在NGOコミュニティーでは、我々は数で圧倒されていますし、私たちは資金提供の外にいます。しかし反家族集団ではない私たちは、大多数の世界の人々を代表しているのです。

国連代表には、素晴らしい家族擁護・妊娠中絶反対の人々がいます。彼らはすさまじい圧力の下で働いています。私たちがもっと多くなれば、西側の反家族ではないNGOとして、世界のマジョリティーとして、意見の表明が出来ます。代表としてもっと大きな力を、国連の中で発揮できます。

私たちは、愛の力を忘れてはなりません。ここにいる私達一人ひとりが、家族への愛と信頼の力を強く持っているのです。私は、我々は精神の中で手を伸ばすことができることを、そして、非常に良いことをしているのだと信じています。私たちは確かに努力しなければなりません。行動しなければ、その代償は高すぎるもになるのです。