宮島

海に浮かぶ厳島神社
NHK大河ドラマ「平清盛」もそろそろ終盤を迎え、頼朝の挙兵、清盛の死、平家の衰退、数十年のうちにあれだけ栄華を極めた平家も清盛一人がいなくなると、意外にあっさりと敗れてしまいましたね。

平家が弱かったのか?源氏が強かったのか?たまたま時代の流れがそうゆう動きだったのか?そこらへんは分かりませんが、平家衰退後のなくならなかったものものがあります。

それが「厳島神社」です!

1168年ごろに、平清盛によって現在と同程度の豪華絢爛な御社殿に造営され、それから何度か修復等されておりますが、それから数えても約900年ちかく!四捨五入すれば1000年、そう10世紀なのです!

しかも、御社殿が創建されたのは推古元年(593年)というから驚きです!
時代的には、飛鳥時代前期あたり。
もっと分かり易く言えば、みなさんご存知の聖徳太子が十七条の憲法を制定!とかのもう少し前になるのです。
もう10世紀どころではありません!

ここまで知ってしまい、さらにテレビでも見ていると、その場所に行きたくなってしまうのは人の性ではないでしょうか?

ということで、今回は「厳島神社」のある「宮島」を堪能しににやってきました。

これが宮島じゃ―!!
実は管理人、宮島に来たのはこれでまだ2回目。1回目に来たときは、広島にやってきて2年目のときです。

友達と「とりあえず、日本三景だしいこうかw」とこんな軽い感じで訪れたのをよく覚えています。

そして毎回宮島に上陸して出迎えてくれるのが、

鹿、シカ、鹿、シカ、鹿、シカ〜〜〜〜〜〜鹿です!
  

これが宮島入口の宮島桟橋出口(フェリー乗り場)のあたりにウジャウジャいます。

もう「人間がなんぼのもんじゃい!」と言わんばかりにあっちこっっちにいるんです。道路を横断していたり、草を食べていたり、寝ていたり、うらやましい限り。

一応、鹿にエサをあげないでください。と書いてあるんですが、あげなくてもウマそうなものを鹿の近くで食べていると油断したスキに奪いにきますよ〜

今回行ったときに、思いっきり見てしまいました。僕の前を歩いていた家族ずれの女の子が鹿に何か食べ物をとられて泣いてましたね(汗)
何をとられたのかは分かりませんでしたが、そうとう鹿にとってウマそうなものだったんでしょうね。三匹くらい女の子のまわりに集まってましたから。

小さなお子さんがいる家族ずれの方は鹿には注意した方がいいでしょう。鹿に近づくときは、エサを持たずに!

一応、彼らに悪意はないんです。宮島のシンボルであり、フリーダムなんです!

そして出口近くの広場にも、これまた鹿がウジャウジャいます。

しかしここには鹿だけでなく、最初の撮影ポイントもあるのでお見逃しなく!

最初にもちょっとだけ紹介しましたが、この宮島は京都の天橋立、宮城の松島と並ぶ日本三景の一つなんです。

「知っとるわ!」とツッコまれそうですが、3つとも行ったことのあるでしょうか?実はわたし・・・・・・・・・



もいったことはないんです(笑) だって3か所とも狙ったかのごとく、ちょうどいいくらいに遠いですよね。

一応、宮島以外に京都の天橋立には友達4人と行ったことがありますが、あそこはいいですよ〜。

僕が行ったときは、ちょうど夏でしたが海もきれいで海水浴場もあり、天橋立といわれる木と海に挟まれた細い道を自転車で走っていたら涼しくて爽快!

あるかどうかは分かりませんが、もし春先に桜並木のようになっていたら、もうサイコー!!の一言でしょうね。もちろん確認したわけじゃないので想像。あくまで妄想ですよ(笑)
あとは、秋にもみじで紅葉というのもいいですよね。これもあくまで妄想ですよ。

残る宮城の松島にも早く行ってみたい!ですが冬以外がいいですね。寒いのは嫌なんで。でも雪で一面の銀世界というのも捨てがたい!
迷いどころです。。。

っと話がそれてしまいましたが、その日本三景「宮島」を印す石碑があるので、ぜき記念撮影にいいかと思います。横に日本三景碑とバックが瀬戸内の海!これで快晴の日取りなら文句なし!だと思いますよ。

近くに、右写真の石碑もあるのでお好きな方でどうぞ!
 



記念写真を撮りおわったら、兎にも角にも厳島神社をみにいってみましょう。

もし場所が分からなければ、一番いいのは宮島の案内絵図というのがいたるところで無料で配布されているのでこれを見るのがベストです。宮島に来るまでのフェリー乗り場やフェリーの中でも大概置いてあるので持っておくと便利!B4サイズの宮島の詳細地図のような紙ですよ。

次にその宮島の案内絵図が見つからなかった場合ですが、答えはシンプル!
大勢の人の流れに沿っていくか、宮島に到着するときにフェリーから見えたであろう大鳥居に向かっていくかです。

大体他の方もまずは、厳島神社の方に向かうのでほぼ間違うことはないでしょう。また大鳥居は厳島神社の目の前にあるので、相当な方向音痴でもない限りは、まず間違いなくたどり着けます。もし相当の方向音痴の方は・・・・・・あきらめて下さい(笑)

最後の方法は、フェリー乗り場の前にタクシー乗り場があるのでそちらを利用するか、大勢の人と同じ方向へ行けば、大概人力車があるのでそちらを利用するかです。
これらは、私のような貧乏人は使わないので、詳しくは分かりませんが、聞いた限りだと一人様が10分で5000円くらいだそうですよ。こちらはあまりオススメしません。お金はかかるはかかるわ、そもそも観光地をタクシーで回ること自体もったいない。




ということで、とりあえず最初の3つの方法のどれかで厳島神社を目指した場合に、次に通るのが表参道商店街です。別名清盛通りとも言うそうですが、ここは名前の通り食事、お土産、着物、雑貨等、宮島観光地のお買いものの場所です。

お昼ご飯を食べるにしても、3時のおやつを食べるにして、ここが一番いいと思います。お昼ご飯ならアナゴ飯か牡蛎定食なんかがいいですね。特にやっぱり広島本場の牡蠣!刺身よし!茹でてよし!焼いてよし!揚げてよし!特に大きいものなら大満足www

個人的には、網焼き&バターしょうゆ乗せが一番好きですが、今回行ったときには見当たらなかったので次に行ったときに探してみます。ちなみに、2月には宮島でカキ祭があるので、このタイミングで行ったら思う存分かきを堪能できますよ。

そして帰り際に食べたにぎり天もオススメです。ちょっと今回撮った写真が消えていたので残念ですが、イメージはちくわのような練物の中にエビやイカや牡蛎やアスパラやチーズなどを入れて、網で焼くというようなもので、私の筆力がないせいでとても陳腐なような印象になるかもしれませんが、とってもおいしいですよ。

あとは焼きもみじとかもおいしかったですよ。

次回行ったときは、名誉挽回できるよう、おいしそうな写真をとってきましょう!

そして、清盛通りで最後に見ておきたいのが世界一の大杓子です。(実際には、清盛通りの最初の方に登場しますが。)

この大杓子は、宮島の伝統工芸を後世に遺すことと、杓子発祥の地である宮島のシンボルとして目的で製作されたもので、平成8年12月の厳島神社、世界遺産登録を機に展示されました。
長さ:7.7m、最大幅:2.7m、重さ:2.5tとかるく乗用車2台分のビックサイズ!!
材質は、樹齢270年のケヤキを使用し、製作期間は、2年10ヶ月、製作人数にいたっては、約300人!皆様お疲れ様です。

初めて見たときは、誰がこんなデカい杓子を使うのか?と思っていましたが、今にして思えば、技と努力と根性の賜物でありました。


また、宮島杓子にはこんな由来があるそうです。

「江戸時代の寛政年間(1789〜1800年)に宮島の時孝に誓真という僧がおられ、
ある夜に弁財天の夢を見
その手にされた琵琶の形の美しさを杓子にうつし
それを作ることを島の人に教えたことが始まりと言われています。
その後、技法の巧妙さ、形の優雅さ、使いやすさで日本全国に宣伝され”宮島の杓子”として広まりました。
現在では、実用品としてだけでなく、めし取るすくいとることから幸運福運勝運をすくいとる祈願杓子として
縁起の良いものとされています」




そしてようやく商店街を抜け、次に見えてくるのは大鳥居・・・・・・・ほどではありませんが、なかなか立派な参道鳥居と、その左右には2体の獅子像が鎮座し、道を挟んで石造燈籠が並べられた厳島神社までの最後の道のりが待っています。
写真右側の海の方は、御笠浜(みかさのはま)と言い、春から秋にかけて干潮になるとこの付近では潮干狩りが出来るそうですよ!




ここまで来ると宮島の大鳥居もまじかに見ることが出来き、厳島神社まであともう少しといったところです。

ちなみに大鳥居をバックにキレイに記念撮影ができる数か所のひとつですよ。他には厳島神社の平舞台から海の方へと伸びた火焼前(ひたさき)の石造燈籠があるところと、あとは、6時間毎の引き潮で大鳥居まで浜を歩いて行けるので、真近で撮影するのも良いと思いますよ!

引き潮の時は、浜を歩いて対岸まで行けますが、厳島神社の入り口は来た方(北側)にしかなく、入り口で入場券を買わないといけないので注意してくださいね。それと、対岸から撮影は、少し遠いですし、バックが建物とか多く映るのであまりオススメしません。



こんなところにも親子シカ!道のど真ん中に座り込んでいるのでワンショット!




そしてとうとう来ました、厳島神社!!!
この厳島神社は、主祭神が市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の三女神で、女神であることが理由であるかは分かりませんが、有名な噂で「カップルで厳島神社を訪れると女神が嫉妬して別れさせる」というのがあります。人も神もそういうこところは変わらないということなのでしょうか(笑)
そんな厳島神社の御社殿の創建は推古元年(593年:飛鳥時代前期)で、佐伯鞍職(さえきのくらもと)が社殿造営の神託をうけ、御笠浜(みかさのはま)に社殿を創建したのがはじまりとされており、仁安2年(1167年)の平家納経や仁安3年(1168年)の平清盛が現在の規模に造営したことは、2012年の大河ドラマ「平清盛」でかなり有名になったのではないでしょうか。

後の建永2年(1207年)、貞応2年(1223年)の2度に渡り建物のほとんどを焼失しており、現在の社殿はこれ以降に造営、修復されたもののようです。

そして戦国時代に入り、世の中は不安定になっていくなか、弘治元年(1555年)に厳島の戦いで勝利を収めた毛利元就が厳島周辺を支配下に治めたのち、当社を崇敬するようになり、大規模な社殿修復を行っています。

また、天正15年(1587年)には、豊臣秀吉が島津氏討ち九州を従えるため、九州遠征を行った途上に厳島神社に参拝し、大経堂(現:千畳閣)を創建しています。

現在にいたり、平成8年(1996年)12月にはユネスコの世界文化遺産に登録されています。このように、時代の偉人たちに崇敬を受け、今日にいたっているようですね。

下の写真は、途中の参道から撮ったものですが、後光が差してるかのよう。



ちなみに後光なしバージョンだとこんな感じ↓


そしてここが参拝入口!とその前に初穂料(入場料)を入口に向かって左手で払ってくださいね。
大人は300円。これに宝物館拝観を含めると500円になります。



参拝入口をしばらく行くと、厳島八景の鏡の池があり、水面に映る秋の名月を多く詠まれたと言われているそうです。「鏡池秋月」



そして回廊が続き、歩いていくと・・・

祓殿の前に平舞台。そしてその中央には高舞台(写真中央)があり、この高舞台では、4/15の桃花祭、10/15の菊花祭で舞楽が奉納されています。
またこの厳島神社の平舞台は、四天王寺の石舞台、住吉大社の石舞台と共に「日本三舞台」に数えられています。




この平舞台から、海の方へまっすぐに伸びている火焼前(ひたさき)の石造燈籠のところもバックに大鳥居がきれいにはいって、撮影にはうってつけ!(左写真の左端の燈籠のあるところです。)
ただし、ここは競争率が高いので、タイミングをみて撮った方がいいですよ。
 



そして廻廊を進むと次に見えてくるのは、能舞台です。
この能舞台は、国内でも唯一の海に浮かぶ能舞台です。確かに、なかなか能舞台を海上に造ろうとする方はそういないでしょう。。。
また国の重要文化財にも指定されており、桃花祭の翌日である4/16から3日間に「神能」が始まり、京都などから能楽師が集まり、この能舞台で能、狂言が奉納されるようです。



そして廻廊を挟んで反対がわには反橋(そりばし)があります。昔の祭事の際には、この橋をお偉いさんが使っていたようですが、こんなに急な橋を階段もなしにこけたりしなかったんですかね?
個人的にはあくまで観賞用といった気がします。



あとは廻廊を通っていくと厳島神社終点。約1000年前には、同じ廻廊を平清盛が歩いていたと思うと・・・・全然実感が湧きませんね(笑)



ちなみに厳島神社の出口側から対岸をみると、厳島神社、五重塔、千畳閣の3バックで写真が撮れますよ〜



こんな感じで今回は厳島神社まででしたが、宮島には平清盛館や宮島水族館や弥山史跡などまだまだ見るところがあり、とても一日ではみつくせません!

次回は更新時は、今回いけなかったところに行ってみたいと思います。

ぜひぜひ宮島に来てみて下さい。



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