世界平和記念聖堂

はじまりは
今回訪れたのは、広島市中区の幟町にある世界平和記念聖堂です。私は信仰心が強い人間でもなければ、そんなに優しい人間でもありません。なので、もちろんキリスト教徒でもありません。
ですが、世界平和記念聖堂の歴史をひもとくだけでも、平和というものに対して数多くの人が携わっており、その一人ひとりの思いが伝わってくる思いがしました。
なので、今回は世界平和記念聖堂にてその歴史を体感してこようと思います。

平和への道のり
この世界平和記念聖堂は、1882年に幟町に建設された教会が基になっており、その後3回の移転を経て、現在地に幟町天主公教会という名で定着しておりました。しかし、その後の1945年8月6日に原爆投下によって倒壊焼失してしまうという悲劇が起こりました。
この惨劇に巻き込まれ、直接被爆した当時この教会のドイツ人主任司祭のフーゴ・ラッサール神父(改名後、愛宮真備:エノミヤ マキビ)は、原子爆弾の犠牲となられた人々の追悼と慰霊のために、またすべての国の人々の友情と平和のシンボルとして、広島の地に世界平和記念聖堂を建設することを決意したのです。

そして翌年1946年9月には、ローマを訪れて当時の教皇ピオ12世にこの決意を述べて、励ましと祝福を受けることとなりました。この願いはやがて、ヨーロッパやアメリカの諸国をはじめ、世界各地の平和を願う人々の心を揺さぶったのです。

それから、当時の総理大臣や広島市長をはじめ、学者、実業家、宗教家などにより建設後援会が設立され、民族や宗派も超えた温かい協力が集まって、1950年8月6日に着工され、4年の歳月を経て1954年8月6日に完成、献堂されました。この聖堂の設計は、建築家の村野藤吾氏が手掛けており、平和を祈るための荘厳な雰囲気と同時に、日本的な要素も随所に取り入れて建てられており、その他にも、聖堂入口の彫刻はカトリックの7つの秘跡を表したもので、彫刻家の円鍔勝三氏によるものです。

世界平和記念聖堂は、初めて原子爆弾の被害を受けた広島市民はもとより、真に恒久平和を願う全人類の悲願の結晶であり、今も平和への切なる祈りが捧げられています。

また、2006年7月には本聖堂は国の重要文化財に指定されました。

この方も訪れています。

平和アピール

「戦争は人間のしわざです。

戦争は人間の生命の破壊です。

戦争は死です。

過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです。

ヒロシマを考えることは、核戦争を否定することです。

ヒロシマを考えることは、平和に対して責任をとることです。

この都市の人々の受けた苦しみを振り返ることは、私たちの人間に対する信頼を再び新たにすること、

人間には善を行う能力があるということ、人間には正しいことを選択する自由があるということ、

人間には災難を新たな出発点に変える決意を抱くことができるということへの信頼を再び新たにすることです。

神よ、私の声を聞いてください。

私たちがいつでも、憎しみには愛を、不正には正義への全き献身を、

貧困には自己の分かち合いを、戦争には平和をもって応えることができるよう

英知と力をお与えください。」

上の文は、1981年2月25日に広島を訪れた教皇ヨハネ・パウロ二世が、全世界にむけて祈りと共に捧げた平和アピールです。聖堂前には、この言葉を常に心に留めておくために、記念の教皇ヨハネ・パウロ二世の銅像が建てられています。
この方ほど全世界に世界平和と核廃絶を訴えて回った人も少ないのではないでしょうか。世界大戦が終わり50年以上経つ今でさえ、小さな紛争は様々なところで起こっています。
私一人で世界平和を語る覚悟はありませんが、一人ひとりの平和への思いがいつの日か世界を動かすちからになるということは、信じるだけの価値があるのではないかと思います。


海をこえて〜「記憶」を刻んで歩む石
「戦争で犠牲になった無名の市民」と刻まれたこの碑石は「被爆60周年」「アジア・太平洋戦争終結60周年」の2005年夏、長崎-広島の二つの被爆地を結んで、アメリカと日本の市民の協力によって運ばれてきたものです。延べ1500人の多国籍のボランティアが、長崎・広島の原爆被害者をはじめ、戦争で犠牲となったたくさんの市民を追悼し、「暴力と報復」の連鎖を断ち切り、「対話と和解」の精神で平和な世界を創造しよう、と訴えながら600キロ歩んできました。

この碑石は、アメリカの超宗派の市民団体ピース・アビー(平和のための修道の家)によって、民族紛争に揺れ続けた北アイルランドで和解を呼びかけ、さらに「9.11テロ」の哀しみを癒すためにニューヨークを旅してきた石でもあるのです。

一緒に運び、碑面に触れた多くの人々の思いが込められたこの碑石は、その精神において、被爆者の追悼と世界平和を願って献堂された世界平和記念聖堂の心と相通じるところがあると信じ、教会各位のご理解のもと、聖堂前に設置されています。

色々なところに様々な意味が
下写真の中だけでも様々な意味をもったものがあります。まずは、聖堂入口の上の方にある右写真の彫刻と今回は見れなかったのですが、聖堂入口の左右にある彫刻について私が調べたことを記載していきます。



ゆるしの秘跡

ゆるしの秘跡は、犯した罪がゆるされ、信者が神の子として生活する望みのしるしです。この彫刻は、罪人と噂のあったマグダラのマリアがイエス・キリストの御足を自分の髪でぬぐい、香油を塗って、イエスから「あなたの罪はゆるされた」という聖書の一場面をあらわしているようです。


堅信の秘跡

彫刻左側の鳩は聖霊を、七本の光は聖霊の七つの賜物(上智、聡明、知識、剛毅、賢慮、孝愛、畏敬)を表しており、洗礼によって生まれ変わった信者は堅信の秘跡で塗油されることによって、信者として大人になりイエスの使命をうけるのです。これはいわゆる、信仰上の成人式のようです。


叙階の秘跡

この彫刻は、キリストの共同体への奉仕のためにキリストの名において司教・司祭・助祭の務めに任じる恵みをあたえる秘跡で、彫刻には、二本のローソク、ぶどう酒、ご聖体、ミサ典書、ストラが表されており、司祭職の中心の努めがミサであることを表しているようです。


洗礼の秘跡

洗礼を受ける人は、新しい人として生まれ変わり、永遠のいのちをあずかる者になるとされており、この彫刻はノアの洪水の場面で、洪水による清め、契約の印である虹を描いています。また、手はいつも救いのみ業を行っておられる神の御手を表し、星と光は、洗礼によって世の光となった私たちを表しています。


聖体の秘跡

聖体はミサのなかで聖別されたキリストのからだのことで、キリストは最後の晩餐において新しい過越祭を制定し、パンは御自分のからだ、ぶどう酒は御自分の血として弟子達に与えられ、これを「私の記念としてこのように行いなさい」と命じらたとあります。そのため教会ではミサの中で、これを大事に守り続けており、この彫刻は、「天から下った生命の糧」である聖体のパンを表しています。


病者の塗油

司祭が祈りとともに病者に油を塗ることによって、その人の苦しみを和らげ、慰めを与え、主の信頼のうちに病苦をキリストの受難に合わせ捧げるように勧め、生命の危うくなった信者には平安のうちに自分のすべてを神の御手にゆだねるよう励ますものであります。この彫刻にあるストラ(細長い布)は、司祭を通して神からの罪のゆるしが与えられることを、また白百合はマリア様を表し、聖母マリアのように清められることを表しているようです。


婚姻の秘跡

信者である男女の一生の縁を結び、その務めをよく果たせるよう神の恩恵を与える秘跡で、この彫刻にあるハートは、父なる神の心を分かち合い、その心で互いに相手を自分自身のように愛することを意味しています。
二つの輪(指輪)は、命をかけて生涯変わらぬ愛と忠実を誓う絆を表しているのです。

続いてご紹介するのは、聖堂入口の正面門についてです。正直私が最初に門の前に立った時感じたのは ”怖いな〜” という思いでした。絶対に開けてはならないと誰かに囁かれたような感じです。
しかし、門の名は「天国の門」でした。
想像していた名前とは違い、申し訳ないという思いと、ホンマかいなという思いの板挟み!
(察しのよい方は分かると思いますので、お察し下さい(笑))

しかし、天国の門も人が容易に通れない場所という意味では近づき難いという印象や存在感があるのかも知れませんね。
それでは、その天国の門を感じてみて下さい。


天国の門

この天国の門は、1954年にドイツのデュッセルドルフ市から広島市に寄贈されました。
中央にキリストを象徴した十字架(IHSはギリシャ語「イエス」の最初の頭三文字またはラテン語「人類の救い主なるイエス」の略語)があり、いばらの冠はイエスの裁判の時、兵士がからかって頭にかぶせたものです。
十字架を取り囲む4つの生き物は、ヨハネの黙示録第四章にある福音史家のシンボルを示しています。獅子の様な動物はマルコ、若い牡牛の様な動物はルカ、人間のような顔をもつ動物はマタイ、鷲のような動物はヨハネで、それぞれの福音書を象徴しています。
そして、周囲の曲線は「虹」を、上部の鳩と舌のようなものは「聖霊」を表し、周囲には長老たちが座っているというような構図になっているようです。
さらに、この扉の裏には、「平和の門は、隣人愛なり」と刻まれています。

そして最後にはこの「天国の門」から入・・・・・・・・・・・・・らずに別の門から聖堂内に入りました。

実際に入ってみると、この写真で感じる広さの3倍はあるかと思います。私が聖堂に初めて入ったということもあるのか天井も高く、また昼間なのに日陰をもう少し薄暗くしたくらいの暗さで、少し空気が重たいといったような感じがしました。かなり表現が下手かと思いますが、例えるなら人里離れた山奥に昼間にいった感じです。都会に住まれている方には分かりづらいかもしれませんが、周りに民家がなく人の通りもないような舗装もされていない森の中を歩いていると夜間でもないのにちょっと怖い感じさえします。木々によって太陽の光も遮られ、真夏のようにセミも鳴いていなく、かといって川のせせらぎが聞こえるわけでもない静かな森の中を歩いているイメージをもってみて下さい。
どうでしょうか?
怖いといった表現はオーバーかもしれませんがまさに独特の空気を醸し出す空間にいるようです。まさにこれが聖堂内に入った時の最初の印象でした。一種の聖域のような場所なのかもしれませんね。
そして前の方に歩いていきながら左右をみるとあちこちに綺麗な装飾がみられます。前方の神の画がある前まできて見上げてみると、これもまた一際大きく包まれるような気持ちがします。

またこの他にも年間にさまざまな行事があり、キリスト教に興味を持たれた方や初心者のために入門講座もあるそうなので参加されるのもよいかと思います。



広島をゲット!?〜お土産、ご当地名産品、広島限定品など管理人がゲットしたものの中からオススメ品をチラ見せ〜
A広島産の大粒牡蛎を使った「蒸し牡蛎キムチ!!」



トップページ