ハノーバー庭園


ハノーバー庭園の始まり
このハノーバー庭園の始まりは、1983年(昭和58年)の姉妹都市提携協定をきっかけにしたものです。日独文化協定より1968年(昭和48年)から青少年の相互訪問がはじまり、その積み重ねにより後の姉妹協定に繋がりました。また協定書の方にも、両市及び世界の平和、そのための相互理解について記載されているそうです。
ドイツのハノーバ市は、第二次世界対戦のなか広島市と同じように多大な被害を受けることになり、88回もの空襲を受け都市の60%が破壊されました。しかしながら、戦後は中世からの優れた伝統をもとに、再び「緑の中の大都市」と呼ばれる街に成長しました。
この様な両市の平和への共通の願いがあったからこそ、その象徴的なものとしてハノーバー市「ヘレンハウゼン公園」の花壇の一部を模した沈床園(通称:ハノーバー庭園)が作られ、友好関係が築かれているのではないでしょうか。

ハノーバー市とは?
北ドイツ主要都市の一つであるハノーバー市(ハノーファー)は、人口は約50万人規模で行政の中心としても知られている町です。ライネ川沿いに位置し、ミッテルランド運河が市内を走る交通の要所であり、また商業が発展した場所でもあります。
元々は漁村でしたが、14世紀頃になると、ヨーロッパ北部の経済圏を支配していた都市同盟であるハンザ同盟の一員として教会や市庁舎などがつくられ大きく発展していきました。1639年、カレンベルク候領を継いだゲオルクが首都をハノーファに移したことにより、ハノーファ公国の首都となった。1692年には、息子のハノーファー公エルンスト・アウグストが選帝侯となったことにより、ハノーファー公国はハノーファー選帝侯国となった。1714年、エルンスト・アウグストの長男であるゲオルク・ルートヴィヒはイギリス国王ジョージ1世として即位した。その後、ハノーファー選帝侯国はハノーファー王国になる。後の19世紀にフランスの占領下になる。



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