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PROFILE |
2歳年長の兄が高校に進学するのに伴い、范逸臣の家族はそろって台中に引っ越すことになった。その当時彼は台湾語がまったく話せず、クラスメートの会話にはなかなかついていけなかったため、無口な少年と思われていた。しかし、この台中時代に努力して台湾語を習得。また15、6歳の頃にはギターを習い始めた。 中学を卒業後、芸術的な天分に恵まれた父の影響で美術が得意だった彼は、国立台中商業専科学校(現国立台中技術学院)に進学し、商業デザインを専攻した。この頃ロックの洗礼を受け、当時人気だったBon Jovi、Aerosmith、Guns N’ Rosesなどの洋楽やX-JAPAN、Mr. Childrenなどの日本のロックをよく聞くようになった。台中で親しくなった音楽仲間と「龍捲風」というバンドを結成し、地元のPUB(日本でいうライブハウス)で演奏活動を始める。やがて彼の歌は著名な音楽プロデューサー李士先の目にとまり、彼の推薦で豊華唱片と契約が成立、2002年にCDデビューが決まった。 2002年のデビューアルバム「VAN」に収められている韓国映画『猟奇的な彼女』の中文版主題歌「I Believe」と、韓国ドラマ『PIANO』の同名主題歌(原曲はサザン・オールスターズの『旅姿六人衆』)のヒットにより、范逸臣はデビュー当初から情歌王子の称号とともにバラード専門の歌手というイメージが定着した。続いて『愛情程式』『信仰愛情』の2枚のアルバムを発表するとともに、数多くのテレビドラマの主題曲を担当。2005年の台湾アイドルドラマ『悪男宅急電』ではロックテイストの主題歌を自ら書き下ろすとともに、ドラマ本編にゲスト出演し、初めて演技を経験することになった。2006年に発表した『不説出的温柔』では、トレードマークの長髪から短髪に変え、アルバムには自作曲を以前より多く加えて、創作歌手へのイメージ転換をはかった。 その後の2年間は個人のアルバムを発表しなかったが、その間、70集の長編テレビドラマ『寶島少女成功記』の男性主役をつとめ、2008年4月には舞台劇『我要成名』でミュージカルにも初挑戦した。これらの経験は、彼の天性の仕事ともいえる音楽分野においても、はかりしれない影響とインスピレーションを与えた。そして同じく2008年には、台湾映画最大のヒットとなった『海角七號』の主役の座を掴む(撮影は2007年9月末)。一旦は挫折しながらも音楽の夢を諦めないロック青年「阿嘉」役は、彼自身のこれまでの経歴をダブらせながら多くの観客の心を捉えた。 2008年12月6日に開催された第45回台湾金馬奨において、『海角七號』の劇中で彼が歌った『国境之南』が「最佳原創電影歌曲獎」を受賞。また同年12月20日には、デビュー7年目にして初めての大型コンサートを台北アリーナで開催した。彼が『海角七號』のために作曲した主題歌『無楽不作』の大ヒットとロック色を全面に打ち出したコンサートの大成功は、彼自身が新たな音楽創造の未来に向かって力強く発進する原動力を与えることになったのである。 |
| 范逸臣プロフィール | |||||
| 芸名 | 范逸臣(ファン・イーチェン) | ||||
| 英語名 | Van | ||||
| 本名 | 范佑臣 | ||||
| 阿美族名 | 林納斯(リンナース) | ||||
| ニックネーム | 小范(シャオファン) | ||||
| 生年月日 | 1978年11月3日 | ||||
| 血液型 | B型 | ||||
| 星座 | 蠍座 | ||||
| 出生地 | 台湾台東県/台東阿美族 | ||||
| 家族 | 父、母、姉、兄 | ||||
| 学歴 | 台中商業専科学校(5年制)にて商業デザインを専攻 | ||||
| 芸能界デビュー | 2002年 | ||||
| 好きな運動 | 水泳、バスケットボール | ||||
| 趣味 | 音楽、映画鑑賞、戸外活動 | ||||
| 得意な楽器 | ギター | ||||
| 最も好きな音楽ジャンル | ROCK | ||||
| 最も好きな女性歌手 | クリスティーナ・アギレラ | ||||
| 最も好きな俳優 | トム・ハンクス | ||||
| 最大の願望 | 快楽 | ||||
| 最も好きな食べ物 | 牛肉 | ||||
| 最も好きな飲み物 | ジュース、水、台湾ビール | ||||
| 最も好きな色 | 青、緑 | ||||
| 最も恐れること | 無 | ||||
| 最も嫌なこと | 誤解されること | ||||