写真集・戦前の勝部の風景

現存する古い写真の中で、明治・大正期、昭和の戦前の数少ない写真を掲載しています
明治30年頃の婚礼荷物の行列
手元に現存する勝部の最古の写真は上記の婚礼荷物を運ぶ行列の写真です。
場所は定かではありませんが、村の中心部に位置する田辺家ではないかと思われます。
前を行く二人は紋付・羽織・袴に山高帽、右手には末広(扇子)足元は「下駄履き」という和洋混在したいでたちです。

その後ろの着流しの人物が祖父伊三郎です。彼は明治7年の生まれで、この当時は二十代前半。風呂敷に包んだ荷物を持っている。左手だけで持っているのはおそらく婚礼荷物の目録を載せた長手盆だろうか、右手はピタリと真っ直ぐに右足に添えられている。後ろの行列の足元は脚絆にワラジ、頭にはすげ草の一文字笠と、時代の流れが服装にも大きく影響してきた頃の写真です。

当時のカメラはまだ動く被写体を捕らえるほどの性能はよくなく、このようなポーズをとってジッとした姿勢で写真に収まったものなのだろう。写真を写されることも希な時代、祖父の右手の表情にその緊張感が表れています。


撮影者は不明。

2002年11月掲載


秋祭り原田神社に集まった勝部の男たち(大正末年)
上の写真を拡大
カメラがまだ一般庶民には手の届かない高価な品物であった時代には、写真に写ることも数少ない機会でした。村の大きなイベント、それは『秋祭り』です。
稲刈りも終わって農作業が一段落した10月半ば、原田神社は各地域からの神輿や太鼓の宮入で大賑わい。勇ましい若者達の姿。幼い子供たちもお揃いの法被に鉢巻。ここに写っている子供たちも存命ならば90歳近くになっていることでしょう。

写真中央辺りにいる父は16〜17歳ぐらい、同世代の幼友達も多く写っている。同級生の渡辺美次郎さん、遊上貞次さん、樋上兵一さん、田辺定治さん、吉森政治郎さんなど多くの若者たちの姿を見ることができます。

紋付に羽織袴姿の祖父は50歳過ぎたころ、村の何かの役をしていたのだろう。このように幼児から老人まで勝部の多くの男たちが集まって写した写真は数少なく、貴重な記録です。

そして、この頃はまだ女の子がお祭りには参加できない時代だったのです。
現在のような「ギャル神輿」など想像すらできない時代だったのでしょう。

2002年12月掲載

2006年の秋祭りへ



勝部青年団入団記念(大正末年)
満6歳で尋常小学校へ入学、6年後高等小学校へ、そして2年で卒業した若者たちの多くはそれぞれ家業を手伝ったり、地元の商家へ勤めたりと実社会へと旅立っていきます。中学へ進学する子もいたが、それは比較的裕福な家庭の子供たちでした。上の写真はそうした学業を終えた14歳の少年達が地元の青年団へ入団したときの記念写真です。明治42年生まれの父が後列右から三人目に写っている。その左には田辺さん、右に遊上さん、最前列には吉森さん、樋上さん、渡辺さんと同級生の顔にはまだ幼さが残るが、当時はこの歳で大人の仲間入りをするのが社会の通念でありました。
全員足にはゲートル(巻き脚絆)を巻いている。

父達が「豊南高等小学校」を卒業したのは、大正13年3月のことです。
「天橋立」で記念撮影