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1技術者の国際貢献−山崎清人

 小生が後期高齢者の仲間入りをするのも残り2年を切った。しかし、心身ともに健康で現在は、株式会社シンワ検査のアドバイザーを務めながら、趣味のゴルフを仲間と楽しんでいる。

 現役時代は、東南アジアを中心にアフリカやアフガニスタンなどで、開発途上国のインフラ整備の技術支援に携わった。幸いテロなどの危険に遭遇したり大病を患うことも無く、現場一筋の会社人生を終えることができた。

 中でも、30代半ばで従事したインドネシア・ジャワ州のウォノギリダム及び灌漑(かんがい)事業の施工管理が一番の良い思い出となっている。

 30年経過後に業務で現地を再訪した。古い記憶を頼りに当時を振り返りつつ、わが国の国際協力のあり方について若干の私見を述べてみたい。

ウォノギリ多目的ダム(高さ40m、堤長830m)

 小生の赴任先は、中部ジャワ州の古都・スラカルタ市(旧ソロ市)だった。この街を流れるソロ河はジャワ島最長河川で、河口のスラバヤ市を経てジャワ海に注いでいる。また、昭和40年代に大ヒットしたブンガワン・ソロの歌でも知られている。

 一方で、ソロ河は洪水の常襲河川であったため、わが国の有償資金協力で1970年代から治水事業を実施していた。その後、さらに水量調整や発電、灌漑・生活用水を供給するなどの多目的ダムを上流域に建設することになった。

 小生はその要員の一人として、勤めていた総合建設コンサルタントの日本工営株式会社から派遣され、この地で5年間を家族とともに過ごした。

ダムから延びるかんがい用水路

 仕事内容は、ダム・灌漑施設土木工事の施工計画の立案と監理、工事費積算、それにJBIC(国際協力銀行)への報告書類作成など多岐にわたった。現地の習慣や日本人と現地職員の仕事に対する意識の違いなどに悩まされ、眠れない夜も度々だった。

 そんな中で、日本から派遣されたコンサルタントやガイダンスエンジニアら約40人とその家族は、 日本の行事を大切にしていた。正月や七夕、盆踊り、さらにゴルフコンペやソフトボール大会を節目ごとに開催。それが息抜きになっていた。

 また、家族と行ったポロブドールの仏教遺跡、プランバナンの寺院群、ジャワ原人発掘跡などの見学も貴重な思い出となっている。

ナイロビでの水力調査団一行(小生は左から4人目、2011年)

ベトナムの国道10号線架橋工事現場(2001年)

インドネシア・スマトラ島にて

 ウォノギリダム等の工事は、事業実施可能性調査から完成までほぼ8年間を要し、日本からの資金協力額は200億円程度だった、と思う。

 小生はダム等の工事がほぼ完工した後、帰国した。赴任時に3人だった家族が、帰国時は5人に増えていた。家族全員での久しぶりの日本はうれしかった反面、ソロ市で仲良くなった人達との別れに一抹の寂しさを感じたのも覚えている

インドネシア・スマトラ島(2000年)

ベトナム・ハノイの排水工事現場(1999年)

ネパール道路計画調査(手前、2009年)
一時帰国時に家族らと鎌倉観光を楽しむ

 前記した通り、小生は約30年経過後の2012年にウォノギリダムを再訪する機会に恵まれ、諸施設を視察した。ダム上流域の農地開発に起因するダムへの土砂流入対策事業調査のためだった。

 ダムは満々と水を貯え、灌漑用水路には勢いよく水が流れており、豊かな沃野(よくや)が遠くまで続いていた。ダムや用水路、発電所など各施設のメンテナンスは、現地の技術者が中心になって行っていた。

 台湾が日本の植民地だった時代、総督府の八田與一技師が烏山頭ダムを建設し、荒れ地だった嘉南平野を台湾の一大耕作地帯に変えた話が台湾ではよく知られている。そんな話を思い出し、自分を少し誇らしく思った。

ケニアにて(2011年)

 振り返れば、ウォノギリダム等の工事は下記の点で日本の開発途上国に対する技術協力の典型(基本形)だった、と言えるかもしれない。@ODA(政府開発援助)A本邦コンサルタントによる一貫した調査・計画・設計と施工管理Bガイダンスエンジニアによる土木工事の指導―などがそれだった。

 中でも特筆すべきは、現地スタッフに工事施工や重機械の操作、修理などを直接指導するガイダンスエンジニアの活躍だ。沖縄県出身者が多かったが、それは米国が沖縄で実施した駐留米軍用の多くの空港や軍港、弾薬基地などの大型土木工事を彼らが経験していたことによるものだった。

 米国から重機械の操作など多くの土木技術を学んだ彼らは、その後も九頭竜ダム(福井県)などの建設にも従事し、知識と経験は豊富であった。このような技術が、米国⇒沖縄(日本)⇒インドネシアへと引き継がれていくことは、“輪廻(りんね)”を彷彿とさせ、尊敬に値する事柄だったと言える。

仲間とゴルフを楽しむ小生(左から2人目、2017関東奄美チャリティゴルフ大会にて)

 わが国の国際協力・援助は、資源確保を目的とする一部の国に比し、発展途上国を育てて行くのを主眼に置いており、海外での評判はかなり良いと思っている。

 そのためにも、途上国の若者の日本での教育研修や日本の若者が途上国で業務を遂行できるよう、なお一層の努力が求められていると思う。小生も機会があれば、出来る範囲で何かお手伝いしたいと考えている。

(実高機械科S37年卒、2017.09.30up)


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