宝幢院


                                                            群馬県伊勢崎市連取元町甲1674



   宝幢院は暦応2年(1339年)大阿闍梨親快僧都によって開山された真言宗の寺院です。大永3年(1522年)十一世清心法印の時

   皇室守護祈祷の大任を受け、天正18年(1590年)十五世円周の代に地頭駒井氏から永四貫五百文と祈祷料七石三斗の除地を

   寄せられました。  明和9年(1772年)2月1日火災により坊舎が全て全焼してしまった様です。


  火災により再建された本堂(右)と山門(左)

  再建されたといっても1774年ですから

  十分古く、観る価値ありです。
           山門             本堂


    宝幢院には武田信玄勝頼に仕えた駒井政直そしてその子親直夫婦が葬られています。駒井政直というより、駒井政武(高白斎)の

    子と説明した方が分り易いかも知れませんね(政武と高白斎は別人の説もあるよう)。武田の時代には小田原との境深沢の城を

    守っており、後に徳川に仕えこの付近を采地とし文禄4年6月8日に死亡。墓地は宝幢院から後に竹芳寺に改葬された事になって

    おり、更に東京の玉窓寺に移っています。


 
         駒井家墓所           駒井政直墓    かろうじて確認できる政直の法名
   “全可”の文字。

    駒井政直の娘は跡部勝資の弟良直の室となっています。実は跡部家もこの地に採地を賜っているんですよね。菩提寺は同じ

    伊勢崎市内の紅巌寺です。 この跡部家も江戸では駒井家と同じ玉窓寺が菩提寺です
        
     親直または
    政直妻の墓(推測)
      政直室または
      親直の墓(推測)
       政直室または
       親直妻の墓(推測)
  お寺の方によるとこれ
  も駒井家氏の墓の様。


    駒井親直の娘は大久保彦左衛門忠教と武田逍遙軒信廉の娘の子大久保彦左衛門忠名の室となっております(立行寺)。

    政直の墓以外は文字が読めないので推測ですが、墓の形と配置から判断しています。駒井家の墓所は 本堂の裏にあり通常は

    鍵がかかっております。お寺の方は親切で気持ちよく開けて頂けましたが多忙な時などは見学出来ないと思います。

    事前に問い合わせして訪問なさる方が良いでしょう
 
    また近くには上記した政直の妻の理春の開基の竹芳寺があり、政直とのやさしい話も伝わっております。  



                                                                   (出陣時  アップ)



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