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=終章=

 

「ほんとにいいのか? んなアバウトで」

  小型艇の下から片腕を突き出して、タカは訊ねた。尚は肩を竦めながらその手にボルトを数本乗せた。それから、タカにその仕種が見えていない事に気付いて口を開く。

「まぁ、なるようになる。それにヤバくなったら戻ってくる事になってるし。葡萄酒も島で伝統的に作られてる奴買って来たし、一か八かだよ」

 このいい意味でも悪い意味でもアバウトな性格は、五人揃ってお頭那夜に影響されたものだ。その中で唯一神憑り的なものを苦手とするタカだけが、今回の強行に懸念を示していた。一応宝瓶宮は神殿だし、と渋る様子に、尚は大仰な溜め息を吐いた。

「こっち準備できたけど、小型艇の用意はOK?」

 片方の肩に大きな布袋を担いで現れた翔が、腰を屈めて小型艇の下を覗き込んだ。その横にするすると滑り出して、タカは応と答える。

「んじゃ行こうか。何タカ、あんたまだ渋ってんの? いい加減にしな。ほら、やると言ったらやる。先を越されちゃたまんないでしょ」

「わかってるよ」

 本来は三人乗りの小型艇に、ギュウギュウと五人して乗り込む。操縦桿を握った宮がゴーグルを降ろし、ちらりと後ろを振り返った。

「カル、舌噛まないよーに! いざ出発!!」

 宮の掛声と共に小型艇が滑り出す。浮力を得て機体が浮き上がると、颯爽と風に乗って走り出した。自分の手足を動かす様に、自然な動きで宮は小型艇を操る。目的地は島の最南端に建つ忘れられた神殿『宝瓶宮』。人目につかない様、小型艇は眼下の木々すれすれの低空飛行で飛んでいる。そして巻き上がる風に森の木の葉を散らせながら、ものの数分で神殿の前庭に到達した。ひらりと旋回して逆噴射をすると、小型艇はゆっくりと地面に着地する。

「さすが宮、安全着陸」

 言いながら、翔はまだ完全には止まっていない小型艇から飛び下りた。

「あれが宝瓶宮かぁ」

 見上げた先には、半分は崩れ去ってしまった白い神殿。大きな石を積み上げて造られたそれは、彼女達よりも遥かに長い歴史をそこで過して来たのだ。幾星霜も、訪れる者もなく。

「行くよ〜、翔」

 地図を広げて先を歩みだしたカルの呼び掛けに、翔はさっと駆け出した。神殿の階段で四人に追い付く。白い大きな階段を昇り、五人は中に足を踏み入れた。

 

 神殿の中は、思った程暗くはなかった。宮と翔の持つランプの明かりとカルの小さな明かりを、周りの白い石が反射する。そのお陰で、足下に困らないくらいには明るいと言えた。

「地図がけっこう破れてるからなんとも言えないけど、取り敢えずここが…って、あれ?」

 急に立ち止まったカルに、他の四人も動きを止める。どした? と聞くタカの足下を指して、カルはすいっとしゃがみ込んだ。

「誰か来たんだ。足跡がある。ここで立ち止まって消えてるけど……」

 カルの視線が、足跡の主の行動を追う様に上へ上がる。邪魔にならないようにと、タカは少しだけ脇へ避けた。足跡の上に立って、カルは正面を明かりで照らす。

「門……と葡萄、の彫刻?」

 浮かび上がった白い影に、翔はそう言って手を伸ばした。すべすべとした、冷たく白い石の葡萄。その実の上をなぞっていた翔の指が、ふと止まった。

「……何か違うやつ触った気が……」

 翔の言葉は最後まで続かなかった。ゴウッと大きな音を立てて、葡萄の描かれた小さな扉が観音開きに開いたからだ。奥には、下へと下る階段がある。その上にもくっきりとした足跡が複数残っていた。

「先、越されてんじゃん」

「けど、戻って来る足跡がないね。まだ下にいるかもよ? 鉢合わせたくない? それとも、堂々と乗り込んでく?」

「決まってんじゃん。もち、乗り込む」

 最初に踏み出したのは宮だった。恐る恐る一歩踏み出して、その後は普通の足取りで降りて行く。三、四段降りた所で、彼女は後ろを振り返った。

「平気っぽい」

 その声を合図に、翔、カル、尚、そしてタカが後に続く。階段は、途中から緩やかな螺旋を描いて下へ向かっていた。壁に手を触れると、ひんやりと石の感触が伝わってくる。何が出て来るか分らない石段を、彼女達は無言で下って行った。

 いい加減段数を数えるのにも飽きて来た頃、前方の宮が立ち止まったのを見て四人は歩調を緩めた。

「ホールだ」

 ようやく辿り着いた地下は、床も柱も、何から何まで白い石を積み上げて造られていた。異様に高い天井は、見上げてもその所在がわからない。そんなだだっ広い空間に、彼女達はぽつんと立っていた。

「あそこに何かあるけど、人気はないみたいね」

 ランプを掲げて辺りの様子を伺いながら、翔はホールの中程まで歩を進めた。足跡の主達の姿は、ホールにはない。あるのは……金色に輝くゴブレットだった。

「……凄ぇ」

 溜め息を吐いて、しばし五人はその輝きに見蕩れる。思わず手を伸ばしそうになるのを堪えて、タカが尚を振り返った。

「これだろ、『黄金の禍』。やっぱ金の盃であってたじゃねーか」

「うん……。で、『杯が満たされ、紅は溢れいづる』って事は、ここに葡萄酒注ぐわけ?」

「こうなったらそれしかないでしょ」

 背負っていた袋から葡萄酒の壜とナイフを取り出して、翔はその場に片膝をついた。きゅぽんッと音を立てて、コルク栓が抜かれる。翔の鋭い視線を受けて、カルが小さく頷いた。立ち上がった翔の手から、とくとくと深紅の液体が注がれる。黄金の反射光を受けて、葡萄酒はその輝きを増す。さして大きくもないゴブレットは、しかしなかなか満たされない。五人が揃って怪訝に思った瞬間

 カラカラカラカラ…………

 急速に盛り上がった液面が沸き立ち溢れかえり、ゴブレットの周りに深紅の雨を降らせた。五人の足下を転がり飛び散るその雫を、宮が一掴み拾い上げる。

「……これ、ルビーだ」

 宮の言葉に驚いて、四人は足下の紅に手を伸ばした。

「ほんとだ。それも、かなりの数。てか、質!」

 驚いた事に、溢れかえった小粒のルビーはどれも最高級の質。ゴブレットにつけられた巨大なルビーにもひけを取らないものばかりだ。止まる事を知らないルビーの洪水の中で、五人は持てるだけのルビーを詰め込んだ。

「長居は無用にしよう。さっきから、小石がぱらついて来てる。この神殿、あんまり耐久性良く無さそうだよ」

 カルが天井を見上げて立ち上がるのにつられる様に、残りの四人も名残惜しそうに立ち上がった。視線を戻すと、正面には若い青年の像があった。片手には葡萄の房を、もう一方の手には弓を持った像だ。その精悍な顔立ちの神に、誰からともなく五人は軽く頭を下げた。

 ルビーの放出は、いっこうに止む気配がない。まるで歯車が一つはずれてしまった様な勢いだ。小粒のルビーに足を取られながら、五人は神殿の出口に向かって足を速めた。

 神殿の崩壊が近付いている。それが老朽化の為なのか、それともルビーと関係があるのか、彼女達にはわからない。ただ、ぱらぱらと嫌な音を立てて白い石が崩れ始めているのは確かだった。

「もっと大きい袋持ってくれば良かった」

「尚、今そういう事言ってる場合じゃないでしょ?」

「ヤバイぞおい、揺れ始めてる!」

 手をついた壁から微かな振動が伝わって来るに至って、ついに彼女達は走り出した。ルビーの重みをものともせずに、軽やかに石段を駆け上がる。まさしく飛ぶような速さで外に向かった五人は、神殿の前庭へ降りる階段を一気に飛び下りた。

「宮、エンジン全開! 崩れた時の爆風、空中で受けたらヤバイぞ!!」

 タカの声を背中で聞きながら、真っ先に小型艇に乗り込んだ宮はエンジンを吹かす。尚、翔の順で小型艇に乗り込むのと前後して、小型艇の船体が浮き上がる。地を蹴って浮き上がった船体に飛び乗ったタカは、ルビーの詰まった袋を尚に押し付けて地上のカルを拾い上げた。半ばカルをぶらさげたまま、小型艇は一気に舞い上がる。カルが小型艇に引き入れられるのと、神殿が轟音と共に崩れ落ちるのがほぼ同時。爆風をなんとか躱し、神殿の上を一度だけ旋回すると、小型艇は真直ぐ飛行船へと向かった。

「崩れちったか。戻ってルビーってわけにはいかないよなぁ」

「尚……あんたほんといい性格してるわ」

「つーか重量オーバーなんだよ!」

 五人ですら手狭な船内に、小さくない袋がごろごろあるのだ。天井に手をついてタカが文句を言う。

「何と言うか、間一髪だったねぇ」

 間一髪を身をもって経験したカルが、ほうっと安堵の溜め息を吐いた。

「取り敢えず、しばらくは“こういう”危険とは関わりたくないね。一月分くらい走った」

 若干息を乱した宮は、そう言ってゴーグルを引き下げた。全力疾走の上に無駄口を聞いた彼女達は、揃って大きな溜め息を吐く。

「けどま、」

 まだ粉塵の舞う後方を見遣って、タカが呟く。

「やっぱ空の上のが性に合ってるな」

 ふっと口元に笑みを浮かべて、四人は小さく頷いた。  

  

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆  

  

『……汝、宴の間に至りしものよ。黄金の杯を見い出せし、愚かなる者共よ。忘れるなかれ、黄金の禍を。忘れるなかれ、紅の印を。忘れるなかれ、バッコス神の輝きを……
 杯は満たされ、紅は溢れいづる……』

 

 

 

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