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=第六章=

 

 朝の食事当番はタカだったらしい。食卓に並んだサンドイッチの山を見て、尚は思った。取り敢えず自分の当番以外は気に留めない尚だったが、これは一目でわかる。サンドイッチの朝はタカ。何故なら、タカの朝のメニューにサンドイッチ以外がのぼった事がないからだ。

「お前さぁ、いい加減他の料理覚えろよ。しかもまた野菜ゼロじゃん」

 厨房に向かって文句ともつかない台詞を吐きながら、尚は椅子をひいた。既に席についていた宮が尚の言葉に相槌を打つ。そこに、新たなサンドイッチの山を持ってタカが入って来た。

「うるせーな。卵勿体ないから目玉焼きは作るな、って翔に言われてんだよ。スクランブルなら焦がさないからいいんだと」

「別に目玉焼き作るなとは言ってないでしょ。ただ、全員の好みに合わせて焼くの難しいから止めとけっていったの」

 食堂の戸口に、腰に片手を当てて立っている翔の影があった。逆光で表情はわからないが、大方あきれ顔だろう。

「カルは?」

 宮の問いに、尚がまだ寝てるんじゃん、と返す。起こしてくると言いおいて、翔は踵を返した。

「先食ったら怒られるよな」

 タカの呟きに、宮が頷く。目の前にサンドイッチの山を臨みながら、三人は空腹に耐えなければならなかった。

 寝ぼけ眼のカルが翔に引きずられる様にして食堂に現れたのは、それからしばらく待ってからの事。朝の光が開け放たれた扉から食堂に射し込んでくる時分、ようやく彼女達の食事は一段落つくに至った。山藤桃のジャムを塗ったサンドイッチが真っ先になくなり、それに続いて蜂蜜、冬苺、マロンペーストが姿を消す。食事も終わりが近付くと、皿には僅かに胡瓜のサンドイッチが残るだけになっていた。

「あぁ! それあたしの!」

「ところでさ、徹夜の成果はあったわけ?」

 最後に残っていたマロンペーストのサンドイッチを、紙一重で翔の前からかすめとって、尚は悠々とそれを口に運んだ。翔の一睨みにも屈しない。卵サンドの味が濃い、とタカに文句を付けていたカルは、尚の言葉を受けてポケットから手帳を取り出す。

「ほい」

 彼女が食卓越しに寄越した手帳を開いて、尚は眉根を寄せた。

「カル、字もっとでかく書けよ」

 そう言いながらも、なんとか読めるのが尚の凄いところだ。しばし解読に力を注いでいた尚は、顔をあげて手帳を宮に回した。宮も同様の表情を浮かべて読んでいる。

「これ、前半は那夜の昔よく言ってた奴っしょ。……あ、悪い」

 宮の言葉に頷いたのは翔だった。カルは喉に卵サンドを詰まらせてそれどころじゃない。

(口にもの入れてる時に話題振んないでー)

 無言の叫びは、なんとなく理解されたらしい。宮は短く謝った。

「バッコス? どっかで聞いた事あんなぁ」

 宮の手から手帳を受け取ったタカは、真っ先にそこを突いた。翔が鋭い視線をタカに向ける。

「聞いた事あるって、何処で?」

「そこまでは思い出せねーけど」

 首を傾げて手帳の文字を睨みながら、タカはしきりと思い出そうと試みている。同じ様に詩を反芻していた宮が、ふとカルに向き直った。

「その『忘れるなかれ、紅の印を』てさ、やっぱ鍵?」

 鍵、それは宝の隠し場所には付き物な、宝を手に入れる為の呪文や小道具を指す。何も、形は鍵に限らない。カルは、かも知れない、と言葉を濁した。

「でも溢れ出すんでしょ。杯に注いで溢れる様なものって事?」

「そもそも杯って何」

 尚の問いかけに、周りは唸って口を閉ざしてしまう。その向いで一人違う事に頭を廻らせていたタカが、だんっとテーブルを叩いた。

「思い出したっ! バッコスじゃねーけどバッカス! 金糸雀亭の葡萄酒の名前だ。あースッキリしたぁ」

 思い出せそうで思い出せない事が出て来た時の爽快感で爽やかな表情をしているタカの後頭部を、ぱしりと翔がはたいた。

「全然関係ないじゃない。バッカスじゃなくてバッコス! しかも何、金糸雀亭の葡萄酒って。あんたそれ果実酒じゃないでしょう!」

「痛て。オレだって飲んでないって!」

 わいわいと話題がそちらに逸れていく。その中で、一人渋い顔をしているカルに尚が気付いた。

「何、カル。何かあった?」

「あった。紅、溢れる、植物神の恩恵と誇り。言葉遊びだ」

「は?」

 聞き返すのは宮。顔つきは、タカをからかう時とは明らかに違う。振り返ったタカも、真正面に座るカルを見つめる翔も、目が真剣そのものだ。空賊の顔になった彼女達に、カルも同様の表情で短く答えた。

「葡萄酒」

 ………。

 カルを見る四人の顔は、様々に変化した。まず最初に「マジで?」と驚き、それから「けどなぁ」と考える。そうして、「あ、あるかも」と頷く、といった具合だ。

「植物神が葡萄の産地で葡萄と結びついて、葡萄酒に繋がり、転じて酒の神となる。似たような由来を持つ神様がいたよ。確か、ディオソス。それに、この文字も果実酒に反応して出て来たんだし」

「そんじゃバッコス神=紅=葡萄酒か?」

 植物神、葡萄、紅で溢れるものに果実酒。ここまで一致すれば、ディオソス=バッコス神だっておかしくない。となれば鍵は葡萄酒という事になるのか。それはどんな葡萄酒でもいいのか。杯とは何か。そういう物が果たしてあるのか。うーん、と五人は頭を悩ませる。

「よし、分かってるとこから整理しよう」

 宮の提案で、彼女達は知識の整理を始めた。

「まず可能性としては、最初の紅は宝でしょ。『永久に輝ける紅に誘われ。その光に魅せられし』だし」

 翔の意見に数人が同意する。

「で、『……に至り』は場所だろうから、地図の第三層じゃん。引っかかんのは黄金だよ。てか『黄金の禍』」

 腕を組んで背もたれに背を預けた尚は、そう言って息を吐いた。

「そればっかしはどうにもならんね。手掛かりなさ過ぎっしょ。けど多分、その前は例に漏れず『忘れるなかれ』だろうし、そうすっと危険だと忘れなきゃ大丈夫って思わなくもないね」

「アバウトだね〜宮も」

「も、って事は自分もそうだって自覚してんの」

 ふるふると首を横に振って、翔の突っ込みにカルは小さな抵抗をする。二人の間に座って珍しく口数の少ないタカが、不意にぼそりと呟いた。

「実は黄金の盃とかだったりして」

「そりゃあないだろ」

 尚が正面でふっと笑う。だがその考えが当たらずとも遠からずだった事に、後になって彼女達は気付く事になるのだった。

 

 

 

 

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