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=第五章=
暗闇の中に、男達は立っていた。周りを柱に取り囲まれた、不可思議な空間。天井だけは高すぎて何処にあるのかわからなかったが、床も柱も、白い、大きな石を積んで造られている。暗闇の中で、その白が仄かに浮き出て見える。空間の中央には、神に捧げる供物の為の祭壇があった。白い、大きな一枚岩だ。きめ細かなその石の台には、輝く黄金のゴブレットが置かれている。一見無造作に、だが、実に美しく。ただ一点の輝きは、気高く、澄んでいる。空間全ての闇をもってしても、その輝きを侵す事はできない。
「見ろ、宝瓶宮の秘宝だ」
男達のうちの一人が、溜め息に似た感慨を漏らした。黄金のゴブレットは、祭壇の奥に祀られた神に捧げられた物。若い青年の姿をした神の像は、片手に葡萄の房を、もう一方の手に弓を携えて、厳かに佇んでいる。その瞳は、射抜く様な視線をゴブレットの先に注いでいた。
「宴の間に純金のゴブレットか。見ろよ、でっかいルビーがついてるぜ。これだけでも売りゃあ凄い金になる。いや、それよりどっかの金持ちに『宝瓶宮の秘宝』っつて売り付けりゃあ………」
男の言葉は、最後まで語られる事はなかった。男の指が黄金のゴブレットに触れる、その瞬間。
ズザァァァァッ……………
轟音と共に男達の下の床が口を開いた。仕掛け扉。それも、ごく単純な仕掛け扉に、彼等は足下をすくわれた。男達の悲鳴があとをひく。どこまで落ちるものか、その悲鳴はやがて遠くなり掻き消えた。床が動いた振動で、天井からぱらぱらと石片が落下する。床が轟音を立てながら元に戻る間に、柱に大きな亀裂が入った。仕掛け扉は、もう何十年も動いていなかったのだろう。きしきしと滑車が空回りする音を後に残して、床は閉じた。後には、静寂と若い神と黄金のゴブレット。
黄金の杯を見い出せし愚かなる者共は、身をもってその愚かさの代償を支払う事になった……。
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ランプの揺れる明かりの元で、カルは徹夜の翻訳作業を終了させた。大きな溜め息をついて、彼女は背もたれに背を預ける。夜通し続いた翻訳作業の終結は、新たな頭脳活動の始まりを意味していた。
「これは一体どーゆー意味なんだぁっ! はぁ。謎が謎を呼び謎を産むって感じだね、全く。『汝、宝瓶宮を目指す…………………………………………し者共よ。忘れるなかれ、植物神の加護を。……………………………かれ、その紅の誇りを…汝、…に至り……黄金………………愚かなる者共よ。………、黄金の禍を。忘れるなかれ、紅の印を。忘…かれ、バッコス神の輝……………杯が満たされ、紅は溢れいづる…………』あぁ。前半は多分那夜の話してくれた詩だ。で? 後半は? むー」
徹夜の所為で、思うように頭も働かない。同時に焦りもある。本業さんに先を越されるのではないかという焦り。それは、かなり悔しいので嫌だ。手帳と睨みあいをしながら唸っていたカルの部屋の扉を、ノックするものがあった。
「はーい?」
「どう、進んでる? ココア持って来たんだけど」
湯気の上るマグカップを二つ持って顔を覗かせたのは、気配り担当の翔だった。五人の中では、間違いなく一番気が回る。いや、気が回ってそれを実行に移せる、というのが正しいかも知れない。他の四人もそれなりに気はきくのだが、いまいち黙って見守る派に片寄っていた。
「うわー、助かる!」
翔にはベッドに座ってもらい、カルはココアのカップを受け取った。手の平を通して暖かさが伝わってくる。ふぅっと一息ついたカルに、翔は進んでるの? と問いかけた。
「うん、これ。虫食いだらけでこれ以上はどうにもならないんだけど、ひっかかるのは『黄金の禍』と『紅の印』だね。あと、『杯が満たされ、紅は溢れいづる』かな。紅ってのが異様に出てくるの。前半の虫食いにも一ケ所あるはずだから、計四回」
「『溢れいづる』って、その紅が宝なわけ? それとも宝を手に入れる為のアイテムかな、だって『印』でしょ?」
「つーかそもそも四つの紅が同じものか分らないし」
あっという間にココアを空にして、カルはそれを机の上に置いた。翔はまだ半分以上残っているココアを大事そうに飲みながら、カルに手帳を返す。
「ねえ、その植物神とバッコス神て同じ? バッコスなんて聞いた事ないけど」
手帳を受け取って読み返したカルは、小首を傾げた。
「どうだろ。植物神かぁ。まあ、葡萄が採れるくらいだしね。あぁ、そうか。翔、那夜が言ってた詩覚えてる? これの前半」
「『汝、宝瓶宮を目指すものよ。永久に輝ける紅に誘われ、その光に魅せられし者共よ。忘れるなかれ、植物神の加護を。忘れるなかれ、その恩恵を。忘れるなかれ、その紅の誇りを…』って奴?」
それだ! とカルは手の平を打った。どうも思い出せなかったんだよね、と言いながら、カルはそれを手帳に書き留める。わからないという風に、翔がそれが何なのか訊ねた。
「うん、この「その」恩恵と「その」紅の誇りっていうとこ。「その」は指示語だから植物神を指すわけで、植物神の恩恵はやっぱりこの島なら葡萄でしょう。じゃあ紅の誇りは? …紅、紅……」
「紅ねぇ。血とか。血統って事なら誇りにもかかるでしょ。後は、レースの染料とか」
そんなとこだよねぇ。とカルは頭を抱える。それがなんなのか、という所まではまだ結びつかない。ほう、と今日何度目とも知れない溜め息をついて、カルは天井を見上げた。首が凝って仕方ない。首を巡らせば、こきこきと関節が非人間的音を立てる。翔が嫌そうな顔をして耳を塞いだ。
「その関節鳴らすのやめなさいよ」
「いやあ、癖なんだよね」
手首に指まで鳴らされて、翔は眉間に皺を寄せた。まったく、という様に立ち上がって、カルの空にしたカップを手に取る。
「頭使い通しで疲れてるんでしょ。そんな時は寝ちゃうのが一番よ。今分かったってどうせすぐには動けないんだし、寝ちゃいな。じゃあね、おやすみ」
「おやすみ」
翔の足音が次第に遠ざかっていくのを聞きながら、カルはベッドに倒れ込んだ。
(次に気がついたら朝だったりして)
カルの予想は、見事に的中した。
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