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=第四章=
「ただいま。カルとタカ戻ってる?」
両手に抱える程の荷物を持った宮が帰ってきたのは、日が落ちて大分経ってからの事だった。食堂で暇を持て余していた翔は、宮を手伝いながら首を横に振る。
「お帰り、宮。カルは帰ってきてるけど、タカはまだ全然。カルはカルで部屋に閉じこもって本と睨めっこしてるし。尚は夕飯まで起こすなって寝てるし。かといって留守番がいなくなってもまずいでしょ? ほんと、暇だったんだけど」
「んじゃ暇ついでに手伝って。はい、これでサラダ。メインはポークの香草蒸しだから、パンもよろしく」
はいはい、と翔は赤茄子を受け取った。
宮が動き易い半袖シャツと七分丈のズボンに着替えて来る間に、翔は赤茄子の湯剥きを終えて鏑菜に取りかかっていた。厨房に戻ってきた宮を見て、翔が場所を譲る。厨房が狭いので、翔は食堂でサラダを和え始めた。厨房と食堂を仕切る扉越しに、二人はなんとなく町の様子を語り合っていた。
「そうそう。その野菜買った店で、葡萄勧められたんだけどさ」
「あぁ、ヴェルソーはいい葡萄が採れるんだってね」
「そうじゃなくて」
スープをかき混ぜていた手を止めて、宮は食堂に視線を廻らせた。
「島の人間じゃないってバレてたっぽいんよ。そこまで人口少なくないしと思ったんだけど、ちょっち長居はできないかも」
成程、と翔も頷く。仕事を始める前に航路局なんかに見付かっては元も子もない。結局二人の意見は、夕食の時にでも考えようという所で落ち着いた。
『リ・トワレの言語体系』を繰りながら、カルはほうっと溜め息をついた。当たり籤を引いたらしいと言うのは間違いなかったが、リ・トワレ言語をシエル・トワレに翻訳してから現代語に直す、というのは思った以上にハードな作業だった。何より、地図の途中が欠落しているのと同様に文章の方にも欠陥が激しい。しかも、どうやら彼女の翻訳が済んだ分を見る限り、それは例の『汝、宝瓶宮を目指すものよ…』の詩であるらしかった。
「あー、このまま全部やって目新しいのなかったら死んじゃうよ」
目頭を押えて、再度本に目を戻したカルは、ふとある事を思い付いた。
(後ろから訳しちゃおうかな)
そうすれば、例の詩なのかどうかがはっきりするのではないか。もし違うなら翻訳するし、例の詩ならば翻訳の必要もない気がする。よし、と独り呟いて、カルは文章の後ろを指で追った。
『……fill the glass , red spills out of .............』
『……杯が満たされ、紅は溢れいづる……………』
「ビンゴ」
彼女は思わず口元を綻ばせた。自分の知らない文章に行き会ったからだ。大抵の秘宝や宝というのは、隠し場所が更に隠されているのが普通だ。空賊家業としてはそうでない方が楽だが、それでは面白味もない。その在り処を知る手掛かりが、実は地図だけでなくこの詩にもあるのかも知れない、と思うと何だかわくわくしてくる。これは、賊の性なのだろうか。
「っと、なると……うーん。虫食いが激しいなぁ。お……おう……あ、『黄金の禍』か。ん? 禍い? ……まずいなぁ、もしかしたらこれ、わかんないとほんとにヤバイのかも……」
と独り言を言いながらページを繰っているカルは、部屋の扉がノックされた事にすら気付いていなかった。一度目のノックに続いて、少々苛立った様な二度目のノックの音がする。それにようやく気付いたカルが顔をあげるのと、業を煮やした尚が扉を開けるのが、ほとんど同時だった。
「暗いよカル」
「え、何が?」
「……いや、いい」
壁に手をついて一瞬首を垂れた尚だったが、思い直したように顔をあげた。
「夕食の仕度できたって」
うわ、もうそんな時間? などと言いながら、カルは机上のランプを消す。月が出ているのか、辺りは思ったよりも明るかった。
「わざわざ来なくても、伝声管で呼んでくれればよかったのに」
「呼んだのに応えないから、わざわざ“この私”が来てあげたんじゃないか」
「あ、ごめん」
にやにや笑いながら“この私”を強調する辺り、嫌味だ。一言毎に区切って言う尚に、カルは苦笑を交えて謝った。黒い海の波間に、白い月がぼんやりと漂っている。手帳だけをポケットにしまい、カルは尚の後に続いて食堂に向かった。
食堂には、空腹を刺激する美味しそうな匂いが充満していた。ついさっきまで忘れていた空腹が、猛烈な勢いでカルに襲い掛かる。
「お腹減ったぁ」
椅子にぺたんと腰を降ろして、彼女は食卓の御馳走に感嘆の声を漏らした。実に数週間振りの生野菜である。五人揃ったのを確認して、厳か、とは最も遠いい食事を彼女達は開始した。
「こら、サラダも食え!」
「野菜なんて食いもんじゃねー」
「そのパンもらっていい?」
「駄目」
しばらくの間は、秩序のない食卓風景が展開される。さすがに黙って人の物を取る程ではないが、おかわりの争奪戦は苛烈を極める。「サラダを食べてない」だの「お前は三杯目だろっ」だのと言い合いながら、三人目が二杯目をよそる頃にようやく食卓に落ち着きが戻ってくる。
「それで? カルの方は収穫あったの?」
宮が唐突に話題を振り、場は思い出したように静かになった。急に四人の視線を受けて、カルは肉の塊を慌てて飲み下した。疲労回復に効くという冬苺の果実酒で喉のつかえを取り除いてから、カルはこくこくと頷いた。
「急に振らないでよ。……で、そう。何とかいい本を見付けられたんだ。ドンピシャで。けど、リ・トワレからシエル・トワレに直して更にっていう二重翻訳だからかなりきついかも。今日徹夜で何とかする。あ尚、塩取ってくれると嬉しい。……ありがと」
「別に徹夜しなくてもいいんじゃん?」
塩をカルに回してやりながら、尚が呟く。しかしそれには、同時に三人が否と答えた。外出組だったタカと宮とカルである。
「何、町でなんかあったの?」
先刻宮の話を聞いているだけに、翔の瞳がすっと険しくなる。話のついでという風に、まずはカルがわけを語った。
「その本を売ってもらった古本屋で、トワレ言語を調べてる男が昨日来た、って言われたんだ。同業者さんとは限らないけど、用心に越した事ないし。仕事急いだ方がいいかなぁ、と」
似た話しだ、とタカが三杯目のスープ皿片手に頷く。
「オレ今日、エンジンとこに使うボルト探しに行ったんだけどさ、帰りに宝瓶宮見て来たんだよ。そしたら、なーんか胡散臭ぇ男が三人ばかしうろついてんだ。ありゃひょっとすると遺跡荒らしかもしんねーぞ」
五人は揃って顔を見合わせた。各々の顔に、まずいな、という色が浮かんでいる。彼女達の本業は実は盗賊ではない。商船や宝石運搬船を襲撃するのが生業だ。遺跡荒らしは、半分は専門外になるわけである。本業さんがいるなら、彼女達がこの島にいるのは危険かも知れない。だがこの五人は、狙った獲物を大人しく譲れるような人格形成をしていなかった。
「まあまだ遺跡荒らしと決まったわけじゃないし。どっちにしろ、来るなら来いってとこでしょ」
「同感」
翔が下した結論に、五人が揃って頷いた。割り切ってしまえば話は早い。要するに、「さっさと仕事を片付け」てしまおうという結論なのだ。後は各々が仕事の成功に向けて万全の準備を整えるしかない。対策も何もない、それが彼女達流だ。尚の座右の銘を借りるなら、「成せば成る、成さねば成らぬ何事も」なのである。
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