+

 

+

 

 

=第三章=

 

 ヴェルソーは小さいが賑やかな町だった。ドゥーズ諸島の最南端に位置するこの島は、漁港として栄えた歴史がある。しかし今は、この島でしか織られない伝統的なレース工芸を輸出する事で成り立っていた。色とりどりに染め上げられたレースが市を飾り、空腹を刺激する美味しそうな匂いも立ちこめている。探し物がある、と言ったタカと別れ、宮とカルは市見物をしながら歩いていた。

「夕食何にしよ」

 午後の市には食材が豊富に並ぶ。その一つ一つに目を光らせながら、宮はふと立ち止まった。横を歩いていた筈のカルの姿が消えていたのだ。人込みを透かして見れば、何の事はない。一本折れた小道の奥に見なれた帽子姿があった。

「あいつ、人に断って離れろよなぁ。……ったぁく」

 よし、置いてこう。と呟いて、宮は手元の野菜に目を戻した。

「お嬢さん、お買得だよ。採れたて新鮮、折り紙付き」

(お嬢さん……ねぇ。)

 普段は空を自由奔放に駆け巡る空賊の彼女だ。地に足をつけてスカートをはいて、挙句「お嬢さん」呼ばわりされる事にはどうも抵抗があった。宮の渋い顔をどうとったのか、愛想のいい店のおばさんはしきりといい野菜を見繕ってくれる。

「これなんかどうだい。今朝採れたばかりの赤茄子だよ。お嬢さん可愛いから、おまけしてあげるよ?」

(カワ……?)

 どこの誰掴まえて「可愛い」だと? とは、口には出さない。まぁ褒められているのだからいいとしよう。それよりも、彼女には今考えるべき事が他にあった。夕食の献立である。

 空の旅が長いと、新鮮な野菜とはとかく縁が遠くなりがちだ。特に根菜以外の野菜が食卓に上る事は日を追って少なくなる。今回もヴェルソーに来るにあたってかなりの強行日程をしいていたので、野菜と生肉とは随分御無沙汰な気がする。暫し悩んだ宮は、ポケットを探って公用紙幣を引っ張り出した。

「すいません、赤茄子とそこの胡瓜。あと、錺菜二束下さい」

「はいはい、これね。唐菜も安いけどどうだい?」

「いや、いいです」

 にべもなく断って、宮は袋を受け取った。始終笑顔のおばさんは、袋に二個程余分に赤茄子を入れてくれた。

「ついでに葡萄はどうだい。ヴェルソーはレースと同じくらい葡萄も有名なんだよ」

「あ、……いや、いいです。ありがとう」

 短く礼を言って、宮はそそくさと店を離れた。こんな恰好はしていても、島の人間でない事はすぐに分るものらしい。滅多に客が来る様な島ではない。これは仕事を急いだ方がよさそうだな、と宮は一人歩を速めた。

 

「すみませーん、どなたかいらっしゃいますか?」

 宮が露天で買い物を済ませている頃、カルは埃臭くて薄暗い店の中にいた。表に出ていた小さな看板には、『十二古都舗』という文字と共に、本を重ねた図柄が描かれていた。カルが市場の人込みの中からこの看板を見付けたのは、視力と言うより嗅覚の為せる技だった。古本屋、古道具屋、質屋、情報の集まる酒場。そういった場所を目敏く見付けるのは、彼女の得意とする所なのだ。尚が無線の暗号解読を、タカが機械の整備や設計を得意とするように。

 その持ち前の嗅覚で探し当てた店は、間違いなく古書を扱う本屋だった。カルの声に奥から出て来たのは趣味と道楽で古書を集めているような老人で、売るよりは専ら買い付けをしているのだと言う。

「それで? お嬢さんは何をお探しかな?」

「ええ、トワレ言語の古書を。できれば辞書に使えるものがあると嬉しいのですが」

 カルの申し出に、老人は大きく頷いた。

「トワレ言語か。あれは非常に興味深い言語じゃ。このドゥーズにある十二の島で広く使われておった古代言語じゃが、十二の島で各々違った言語に発展した。この言語を調べるだけで、古代どの島とどの島に交流があったのか、どの島からどの島へ人が渡ったかが分る。と、言われておる。実際調べた人間はおらんがな」

「興味は尽きませんけど、時間と労力の割にお金になりませんからねぇ」

 全くだ、と老人はまたしても頷いた。そうして、彼は店の奥へ引き返しながら言葉を続ける。

「だが最近は、おまえさんの様に興味を持つ若いのがいて良い事じゃ。ついこの昨日も、似た様な事を聞きに来た男がおったしな」

 自分はそんな崇高な思いで来たわけじゃない、と苦く思ったカルの耳に、「昨日も、」という老人の言葉が引っ掛かった。トワレ言語について調べてる人間が他にいる。それも、この島に。同業者の可能性は非常に低い。ヴェルソーの秘宝は島の住人でも知らないであろう忘れられた遺物だ。地図も、彼女達の昔の頭領が話していたものを偶然古道具屋で見付けたにすぎない。あの時あの瞬間、タカが棚にぶつかって積み荷を崩したりしなければ、彼女達だってヴェルソーの秘宝等思い出さなかったはずだ。

(けどなぁ、用心にこした事ないし)

「あの、その男の人って、どんな人ですか? 学生さんかな」

「いやぁ、そんなに若くもない。だが、そうじゃな、学者という風でもなかったな」

 カルの嫌な予感はますます高まっていた。これは仕事を急ぐ必要がありそうだ。ここまで来て人に先を越されたのでは、彼女達を育ててくれた空賊団の頭領、那夜に合わせる顔がない。もっとも、合わせようにも彼女は今行方不明なのだが……。

「おぉ、あったあった。昨日の男にはシエル・ド・トワレの本を売ったんじゃが、これもトワレ言語の本としては重要な本じゃよ。あの著明なカルトン・ノアが書いた、『リ・トワレの言語体系』じゃ」

 考えに耽っていたカルは、老人の声で現実世界に引き戻された。差し出された本はそれ程厚くもなく、表紙の文字が読めないくらいには古かったが、保存状態は非常に良かった。老人の、本に対する愛情が感じられる。受け取ったカルは、ぱらぱらとページを繰ってにこっと笑った。どうやら、自分は当たり籤を引いたらしい。

「これ、いかほどになりますか?」

 ポケットに折り畳まれていた公用紙幣を引き出して、カルは本を買い取った。

 

 

 

 

+

 

+

 

=BACK=

=NEXT=

=MENU=

12345

Copyright © 2007 Kaoru TATEWAKI. All rights reserved.