「………………少し散らかってるけど、取り敢えずここがタカの部屋ね」
布やら本やらがらくたやらが散乱した部屋の中で、タカは呆然と立ち尽くしていた。いや、翔も宮も実は同じくらい呆然としていた。
タカにあてがわれたその部屋は、随分前から誰も使っていない。なのにこの散らかりようだ。
──そういえばあの本、置き場所なくてここに放り込んだんだっけ……。
記憶を辿ると、そこら中のものに見覚えがある。
「こりゃぁまず大掃除でしょ。手伝うよ」
ちゃきちゃきと宮が掃除道具を引っぱり出してきた。捨てるもの、いるもの、取り敢えず隣の部屋に放り込んでおくもの。分別しつつ、はたきを掛けて箒で掃いて雑巾をかける。
あまりの埃で口数も少なく、黙々と掃除が進められる。そのおかげか、何とか日没までには片付けが終わった。翔の煎れてきたお茶で一服する頃には、ともに一仕事終えた達成感からか、三人はもとからの仲間のように話しをしていた。
「そっか。じゃあ琅碧号が襲った船で技師見習いしてたんだ」
「まぁ、一応。見習いっつーか、見習いの見習い程度だったけどな」
「でもヒル・マイナ・ヒルの外遊船なんて、狙いは何だったんだろ」
さぁ。と、タカは首を傾げる。那夜達が何を狙っていたのか、何を獲たのか、彼女達には預かり知らぬ事だった。
「それよりさ、あのでっけぇ飛行船なんだよ。あんなん、空賊が使うのか?」
窓の外に視線をやって、タカがそう訊ねた。タカの視線の先にあるのは、琅碧号とはまた別の飛行船だ。色は地味な紺色で、大きさは琅碧号の三倍近くある。ずんぐりしたスタイルで、見るからに船足の遅そうな飛行船。その名を『闇螢号』という。
「あぁ、あれは非常用。ほら、万が一ここが航路警備局とかに摘発された時とかに琅碧号じゃ全員運べないじゃん」
「へー」
感心したように外を眺めていたタカはやがて、すぅっと目を細め、更に遠くを見るような目付きになった。
「なぁ、あの向こうから来る黒いのもここの船か?」
「どれ?」
翔と宮が身を乗り出して目を凝らす。夕闇に包まれた空には、影一つないように見える。
「向こうから来る、船?」
翔と宮が訝しげに目を凝らす。タカの目が余程良いのか、それとも何かの見間違いか……。きっと何かの見間違いだろう、と宮が窓辺を離れようとした瞬間、翔が短く叫んだ。
「あっ見えた」
遠くの空に、タカの言う通り近付いてくる小さな黒い点があった。それも、一つや二つじゃない。もっと無数で、しかも鳥とは違う。
そのシルエットが翔や宮にも飛行船だとわかるところまで近付いた時、唐突に大きな鐘の音が鳴り響いた。
「警鐘だ!」
がばっと立ち上がった翔が部屋を飛び出していく。
「何? 何だよ!」
「航路警備局だ。ついて来いっ」
そう言って、宮も部屋を飛び出す。 あっけにとられたタカは、慌ててその後を追いかけた。
カンカンカンカンッ カンカンカンカンッ
急かすような煽るような鐘の音が、辺り一面に響いている。年端のいかない数人の子どもが、母親達に追い立てられるようにして闇螢号へと走っていく。大小の木箱を担いだ男達が、やはり集落のあちこちから闇螢号に向かって急いで集まってきていた。また別の男達は、集落の外側を囲む砲台へ駈けていく。
「那夜! お頭ッ!」
琅碧号の下で檄を飛ばす那夜を見付け、翔は彼女に駆け寄った。
「翔、闇螢に行っといで! 下はシン達に任せる。適当なとこで切り上げて飛行艇で追って来い! 闇螢号の操縦は柚杏に。あの蠅野郎どもはあたしらが琅碧で引っ張れるとこまで引っ張る。避難優先だ! ヴェール・ロックの住処まで全速力で突っ切れ。カジ、あんたはついてきな!」
忙しそうに指示を出す那夜に、再び闇螢へと言われ、翔は渋々頷いた。遅れて駈けてきた宮とタカとともに、闇螢号へと走る。塔の螺旋階段を駆け上がった彼等は、闇螢号への積み荷の運び込みを手伝い始めた。
その時、砲台が最初の一発を空に打ち上げた。
ゴォオン
空気が震え、思わずタカは後ろを振り向いた。横っ腹に砲弾を受けた黒い飛行船が、ゆっくりと右へ傾いていく。穴からはもくもくと白い煙が噴き出し、その陰から数機の小型艇が飛び出してきていた。
「畜生ッ! 準備がよすぎるぜ!」
「奴等ずっと頭達が帰ってくるの狙ってやがったんだ!」
積み荷の幾つかを諦めて、闇螢号は繋留塔を離れた。既に上空にいる琅碧号からも、青い小型艇が飛び出していく。足留めができているうちになるべく遠くへ。
闇螢号は速度を最大限まで引き上げた。
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