突然、那夜が声を上げて笑い出した。自信なさ気に小首を傾げるカルシュリアは、いまいち状況が掴めない。周りの空賊達も、驚いたようにお頭・那夜の笑う様を見ている。ひとしきり笑って、那夜はグラスに新しいラムを注いだ。
「いいね。好きなことを仕事にするのはいいことさ。もうちょい場数を踏めばはったりも上手くなる。こういう交渉ごとは迫力が命だ、覚えておきな」
そう言って、那夜はグラスを翳した。中には、琥珀色に輝くラム。
「『グッドスピード』はあんたを歓迎する」
ヒュィッ と、誰かが口笛を吹いた。一瞬ぽかんとしたカルシュリアは、直ぐに笑顔になる。
「ありがとうございますっ!」
ラムを軽く呷って、那夜は満足げに頷いた。
「カルシュリア、悪いがここじゃ長い名前は面倒だ。今日からあんたはカル。『グッドスピード』のカルだ。いいね」
カル、と口の中で呟いて、彼女は小さく頷く。不意に、彼女の頭は後ろから鷲掴みにされた。驚いて振り返れば、翔と宮の姿がそこにある。
「……まさか、本当にお頭がOKすると思わなかった……。でもま、仲間になったからにはこれからよろしくね。私は翔。多分、歳は大して変わらないと思うわ」
「うちは宮。よろしく」
「あ、うぃ。よろしくです」
軽い挨拶を済ませ、彼女達はお頭・那夜に向き直る。
「同じくらいの年頃の娘は、他にタカと尚がいる。船に戻ったら紹介してやってくれ。同室の誼だ、仲良くしろよ」
「はーい」
声を揃えて返事をする三人に、那夜は再び笑みを浮かべた。
+−+−+−+−+−+−+−+−+−
「ただいまー」
『琅碧号』の割り当てられた狭い部屋に戻ると、タカと尚は各々のベッドの上で思い思いに寛いでいた。尚は分厚い本を広げ、タカは何かを磨いている。入ってきた人数が一人多いことに気付いて、タカが訝し気に顔を上げた。
「おぅ、おかえり。一人多くね?」
声につられて、尚も本に落としていた視線をあげる。見なれた翔と宮の後ろに、明らかに見なれない人間が立っていた。
「久々の新入りよ。こっちのガラが悪そうなのがタカ。そっちの一見お嬢さんに見えなくもないのが尚」
「おぃ……」
あんまりな紹介のされように、タカと尚は眉根を寄せる。それを無視して、新入りは軽く頭を下げた。
「どーも。カルです。よろしく」
なんとも緩い雰囲気の少女だった。およそ空賊家業に縁があるとも思えない。
「詳しい話は後、後。取り敢えずベッドは手前のね。上でも下でも好きな方使って」
じゃぁ下で。といって、カルはぽふりと下の段に腰掛けた。
「『青鷺亭』のチーズウィンナーと白身魚のフライ買ってきたから、食わん?」
「食う」
即答で尚がベッドの上段から降りてくる。その下の段で作業をしていたタカも、それをわきに避けて部屋に作り付けのテーブルについた。一旦部屋を出ていった翔が、熱いお茶を持って戻ってくると、彼等は遅い夕食に取りかかった。
「はぁ? どう言う状況だよそれ」
一通りの、カルが仲間になるまでの流れを聞いて、尚は眉を顰めた。皿の上は粗方片付いて、タカの最後のウィンナーに手を伸す。ばしりとその手を叩いて、タカはウィンナーを口に放り込んだ。ちっと舌打ちする尚を、微笑ましそうにカルは眺めている。
「んー。なんかいいねー。仲間って感じ」
「……そうかぁ?」
「どこがだよ……」
どうもワンテンポずれているのを感じるが、それはきっと彼女がこういう世界に慣れていない所為なのだろう。それを差し引けば特に悪いやつじゃ無さそうだ、とみて、タカは警戒心を解いた。
「にしても、鑑定士かー。すげぇんだな」
「タカは何する人なの?」
翔が襲撃に加わり、宮が小型艇を操縦しているのは先程目の当たりにしているカルである。タカと尚はどんな仕事を割り当てられているのか、彼女には興味があった。
「そうだなぁ。オレは今んとこ船の整備とか修理とかだな。その内、小型艇とか設計してみたいとは思ってんだけどな」
「へー凄いねぇ。尚は?」
視線を向けられ、尚はにっと笑って答えた。
「無線技師」
「見習いのね」
余計な一言を付け加える翔に、尚がぶーぶー文句を言っている。それを眺めながら、ふと宮が呟いた。
「整備士、無線技師、ナビ兼実動要員、鑑定士に操縦士。んー、いっちょ前に空賊団になれんね」
「あ、本当だー。いーねそれ」
「あーそーね。もうちょい皆腕が上がればねー」
冗談めかして翔とカルが笑う。
「まー、当分無理だろ。まだまだか弱い雛ですからー」
尚が言って、五人は揃って声を上げて笑った。
お頭・那夜の不在により、彼等が独立せざるを得なくなるのは、それからおよそ一年後。
……けれどそれは、また別のお話……。
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