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まだ日暮れには早い時分、空は青から薄い橙へと色を移していく。ヒル・マイナ・ヒルの南に位置する紅港の脇、港の喧噪から僅かに離れた場所へ、ひっそりと小型艇は滑り込んだ。
「降りな」
ザスに促され、カルシュリアはひょいっと小型艇から飛び下りる。その後ろに、翔と宮が続いた。こじんまりした格納庫の中には、今彼等が降りてきた小型艇と寸分違わぬ小型艇が、既に停まっている。それを一瞥して、彼等は足早に隣接する店へと向かった。
まだ陽の暮れる前というのに、酒場の中は賑わっていた。賭事に興じる者、酒を飲むもの、早めの夕食で腹を満たすもの、様々だ。
「おぅ、ザス。こっちだ」
店の片隅でラムのボトルを傾けていた男が、軽く手をあげた。同じ席に座ったもう一人、黒い服に細身の体を包んだ女性が彼等を振り返った。端正な顔立ち、均整のとれた細身の身体、黒い衣服に身を包み、煙草を燻らす女性。カルシュリアは一目見て、それが『グッドスピード』のお頭・那夜その人であると知った。人とテーブルの合間を縫って、四人はその席に辿り着く。
「……誰だそいつぁ」
彼等を呼んだ男は、カルシュリアに気付いて訝しげに眉を顰めた。
「それがなぁ……」
心底困惑した様子で、ザスがことの顛末を語る。その間、誰も口を挟むものはいない。
「……ふぅむ。なるほど」
一通りの話を聞き終え、那夜はカルシュリアの手を取った。手首に巻かれたブレスレットをしげしげと観察する。細かな細工を指でなぞっていた彼女は、ふと、その口元に不敵な笑みを浮かべた。
唐草模様のような細かい彫細工に、一つだけ嵌った碧玉。那夜はそっとその石に触れる。かちり、と音がして石が動いた。
「え、えぇっ?」
驚くカルシュリアをよそに、かちかちっと手際良く、彼女はその石を動かしていく。まるで、迷路の中の駒を進めるように。
- カチャリッ
小さな音と共に、呆気無くブレスレットが外れた。
「えーっ?! そんな簡単に……うわーわーすごー」
はしゃぐカルシュリアには構わず、那夜は手近にいた店の男を呼ぶと、ブレスレットをその男に渡した。彼女が一言二事いうと、男は頷いて速やかに席を離れていく。恐らく、ブレスレットの処分をしにいったのだろう。相変わらず「すごい」を連発しているカルシュリアに、那夜は苦笑を浮かべた。
「あれを作ったやつは、相当いい腕をしているな。あれだってかなり値の張る商品だ。流石はヒル・マイナで五本の指に入る宝石商、ディプロ家のお嬢さんってわけか」
「何ぃっ?」
那夜の言葉に、席にいた他の空賊達が色めき立つ。だが、那夜の一睨みでそれはすぐに静かになった。
「空賊になりたいんだって?」
改めてカルシュリアに向き直ると、那夜は心底楽しそうに彼女に訊ねた。一方のカルシュリアは、先程までのふやけた態度はどこへやら。真剣な顔で大きく頷く。
「おいこら。舐めてんじゃねぇぞ。こちとら遊びでやってんじゃねぇんだ」
「私だって遊びのつもりはないよ」
ただ一点、那夜の眼だけを見つめて、カルシュリアは言う。その瞳に本気の決意を見い出して、那夜は姿勢を改めた。
「空賊になったら、もう家には帰れんよ?」
「わかってる」
意志の籠った、力強い返答が返ってくる。那夜は満足そうに頷いて口の端を僅かに上げた。
「なるほど。『グッドスピード』は来るものを拒まない……しかし、ただの家出に付き合うほど暇でもない。そこまで言うなら、納得の行く理由が欲しいね」
グラスのラムを一息に空けて、那夜は楽しそうに笑む。理由を問われたカルシュリアは、眉間に皺を寄せて暫く考え込んだ。
「んー。納得の行く理由、と言われると困るなぁ。……家族は伯父しかいない。伯父は嫌いじゃないけれど、いい加減結婚もしないで過保護に姪の面倒ばかり見ているのはどうかと思う。伯父の元を離れて自活したい。それが一つ」
いったん言葉を切って、彼女は那夜の顔を伺った。小さく頷いて、那夜が先を促す。それを見て、カルシュリアは考えながら、言葉を探しながら、先を続ける。
「自由に空を飛び回りたい。これはどちらかと言えば、憧れ」
うんうん、と、末席で宮やザスが頷くのを横目で捉えて、カルシュリアは少しそちらを振り返る。
「で、私は育った環境がら、石の鑑定とか装飾の鑑定の腕がある。自分の能力をいかして、でもって伯父の干渉を受けない仕事。そして……大好きな空にいられる仕事て、いうと……空賊が思い浮かんだんだよね。ずっと前から考えていたけど、なる方法が判らなかった。そこに折よく『グッドスピード』に遭遇したから、これはきっと一つの縁だろうと思って。こんなんで、納得、してもらえます?」
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