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「あー、翔。こりゃなんだ?」

「……私に聞かないで」

「ども」

 ザスに「これ」と言われた「それ」は、悪びれもせずにこにこと微笑んでいる。どうみても、先ほどの『ポルテージ号』に乗っていた女学生の一人に見える。あの混乱の中どうやってついてきたのか……

「これは何の冗談だ? あーくそっ。どーする」

 頭の中で事態が上手く飲み込めないらしく、ザスは片手で頭を掻きながら呻いた。その横で、翔はぴりぴりと警戒と不信感を露にした顔で闖入者を睨み付けている。

「あの状況で、ザスと翔に遅れず飛び乗ってきたんだ。ただの女学生には見えないけど? 取り敢えず、何者で何がしたいのか、からじゃん?」

 一人落ち着いた様子の宮が、小型艇の操舵幹を握ったまま振り返って言った。ゴーグル越しに闖入者と目があう。無言で答えを求められ、闖入者はえーと、と口を開いた。

「どもです。えーっと……カルシュリア・クル・ディプロと言います。空賊の仲間に入れて下さい」

「……………………………あのな、嬢ちゃん……」

 がっくりと肩を下げながら、ザスは大きな溜め息をついた。今日だけで、どれだけ溜め息をついたか知れない。

「素性の知れないやつをだな、ほいほい仲間にするわけにはいかねえんだよ」

 わかるか? と諭すように話す。ザスの気を知ってか知らずか、カルシュリアと名乗った少女はあっけらかんとして答えた。

「まぁそれはわかるんですけどね。んー。でも誇り高き空賊団『グッドスピード』の乗組員が、か弱い少女を海に落として死なせちゃうわけにもいかないでしょう?」

 だから連れていけ、とでも言いたげな顔だ。実際その通りで、少女を海に放り出してきたなどと知れれば、お頭・那夜は怒るに違いなかった。渋い顔をするザスの後ろから、冷ややかな声がかかる。

「かといって、ほいほいアジトに連れてくわけにもいかないの。途中で降りてもらうからね。宮、近くの港に寄って。そこで放り出そ」

「それも、まずいと思うなぁ」

 青筋の浮かんだ翔の顔を見ながら、それでもカルシュリアは食い下がる。

「何がまずいの」

「ん。多分、今回『グッドスピード』ははめられたんだと思うんだよね」

 不穏な言葉に、操舵幹を握る宮までが振り返る。ザスと翔も、眉間に皺を寄せて怖い顔になる。

「はめられた、てのは、一体どう言う意味だ?」

 ザスの迫力に気圧されて、カルシュリアは一歩後ろに下がった。

「えっと、私に怒られても困るんだけど、んーと、今回、貴方達はどこからか『ポルテージ号』がいい獲物だ、て情報を仕入れて襲ったわけでしょう? 今回のネタは信用できると思った、云々、てそっちのおじさんが言ってたもんね。でもね、今回の『ポルテージ号』に乗ってたのはいいところのお嬢さんばっかりだったわけだ。で、貴方達はその子達からブローチだのなんだの、装飾品を奪ったよね?」

 そういって、カルシュリアは翔が腰から下げている革袋を指さした。

「今回、コンドルがあんなに早く来ってことは、多分、あらかじめ襲撃を知っていたからだと思うんだ。普通だったら精々港周辺の警備隊が出動してくるくらいで、たまたまコンドルが近くにいたなんて変だよね。てことは、貴方達はネタ元にはめられたってことじゃないかなぁ?」

「…………一理ある」

 前方を見据えたまま、宮が答えた。ふむ、と唸って、ザスも考える顔になる。

「それとね」

「まだあるわけ?」

「貴方達は知らないかも知れないけど、ああいういいところのお嬢さんの持ち物は、発信機がついてる事が多いんだよ。ほら、誘拐とかの時役立つから、ね」

 発信機、の言葉に、翔はびくりと身を強ばらせた。次の瞬間、腰の革袋の中身を床にぶちまける。丹念に見れば、確かに不自然なパーツのついた装飾品が混ざっていた。

「うん。だからね、ここから港に寄るのは得策じゃないと思うよ。真直ぐアジトに帰るのもお勧めしないかな。一番いいのは、それを海に捨てちゃう事だと思うけ…………て、え、あぅ?」

 カルシュリアが言い終わるより先に、翔は豪快にそれを海に投げ捨てた。そしてくるりとこちらを振り返る。

「あんたに発信機がついてる可能性もあるわけね。あんたがうちらを嵌めた奴らの仲間って可能性も」

 冷たく一瞥されて、カルシュリアはぞくりと背中を強ばらせた。悩んでいる余裕がなかったとは言え、安易についてきたのはやっぱり軽率だったな、と考えるが、もう遅い。それでも、こういう場面で大事なのははったりだと知っている彼女は、飄々とした口調を崩さずに答えた。

「んーと、貴方達を嵌めた奴の仲間なら、わざわざこんなこと教えないと思うんだよね。ついてくる意味がない」

「私達を信用させて、アジトまで案内させようっていう腹かもしれない」

「あー……なるほど」

 答に窮して小型艇の天井を見上げるカルシュリアの代わりに、宮が口を挟んだ。

「そいつを信用するかどうかは、後にしよう。決めるのは那夜で、うちらじゃない」

「でも……」

 納得し切っていない翔の肩を、ザスがぽんと軽く叩いた。

「宮の言う通りだ。決めるのはお頭で、俺らじゃねぇ」

 ザスに言われ、渋々といった様子で翔はカルシュリアから視線を外した。知らず、カルシュリアはほっと息をつく。

「で、あんたは発信機を持ってるのかい?」

 改めて問われて、カルシュリアは眉間に皺を寄せた。

「それがねぇ。自分じゃ外せないんだ。多分まだ、発動していないと思うんだけど」

 彼女が示すのは、右の手首に巻かれた太い銀製のブレスレット。豪奢で繊細な彫細工がしてあるそれは、どういうわけかつなぎ目が見当たらなかった。

「家出をする度に、これの所為で見つかるんだよね。普段は発信機として機能しないようにしてもらっているんだけど。ボルテージ号に救助が入って、伯父に連絡が行くまでになんとかしないとねぇ」

「おいおいおいおい。穏やかじゃねぇなぁ」

 まぁまだ時間はあるよ。と呑気に構えるカルシュリアの横で、翔は額に青筋を浮かべている。

「ザス、やっぱりどっかに放り出そう」

「んー。しかしなぁ。宮、後どのくらいで紅港の裏につく?」

 計器にちらりと視線をやって、宮は短く答えた。

「五分以内に『青鷺亭』」

 仕方ない、というように、ザスは今日何度目かの溜め息をつく。

「放り出そうにも、『青鷺亭』の周りに降りる方が危険だな。取り敢えずは『青鷺亭』だ。翔、そうぴりぴりすんな、いざとなったらこいつだけ置いてずらかりゃいいんだ。………その細工も、お頭なら外せるだろうしよ。とにかく、あとは全部合流してからだ」

 

 

 

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