青く澄み渡る空、穏やかな風、眼下には一面海の碧。
絶好の行楽日和。遊覧船、『ポルテージ号』は、緩やかな速度でヒル・マイナ・ヒルの外周を飛行していた。
「見てみてー。海猫よ」
「クッキー食べないかしら?」
「あら、そんなのダメよ。パンの方が喜ぶわ」
女学生の一団が、きゃぁきゃぁと歓声をあげている。彼女達の投げるクロワッサンの端切れを、海猫の群れがすぃっと攫っていく。見事なものだ。
女学生達から少し離れた場所で、同じように海猫に餌をあげている少女がいた。女学生達を同じ制服に身を包んで入るものの、どこか相容れない雰囲気のその人物はデッキの風に煽られながら、片手で風に舞い上がる髪を押え、もう片方の手でパンの耳を投げている。
「いいなー、海猫さん。君らは自由で、羨ましいねぇ〜」
パンの耳の最後の一切れを投げて、彼女はふぅ。と息を吐いた。目を細めて海猫を眺めながら、デッキの欄干にもたれ掛かる。餌がなくなったことを知ってか、海猫達はその場から離れていく。目の前に拡がるのは、ただただ青い、海と空。
「感想文。海と、空が、青かったです、まる」
前髪を押えて、彼女は一つ伸びをする。背中の関節が、コキコキと軽い音をたてた。
「課外授業じゃなければ、いいところなんだけどね」
ふぅと、今日何度目かの溜め息を吐く。
「家出したいなぁ。綺麗なものだけ見て暮らしたいー。ま、無理だけどね」
今まで何度も失敗している「家出」を思い出して、一人苦い表情を浮かべる。そんな彼女の横を掠めるように、海猫が通り抜けた。
「ぅひゃぁっ。んー。苦い顔しててもしょうがないって? そだねぇ。来たからには楽しまないとねぇー」
全く楽しく無さそうに呟いた彼女は、ふと、海猫の飛び去った方角へと目を凝らした。
自分の視力がさして良くないのは知っている。しかし、遥か彼方、海と空の境からこちらへ向かってくる影は、鳥ではないのではないか? あれはむしろ………
『ビーッ お客様にお願い申上げます、デッキにおいでのお客様は、速やかにキャビンへお戻り下さい。繰り返します、デッキにおいでのお客様は、速やかにキャビンへお戻り下さい。』
無機質な女性のアナウンスが船内に鳴り渡る。それと前後して、乗員の動きが慌ただしくなった。周囲の女学生達から悲鳴とざわめきが起こる。
「皆様、御安心下さい。どうぞ押し合わず、ゆっくりキャビンへ! 本船はこれより最速航行に入ります。揺れますため、デッキは危険となります。キャビンへお戻り下さい」
女学生達を落ち着かせながら、乗員がキャビンへの入口で声を張り上げている。それと前後して、『ポルテージ号』は速度をあげた。風が、強まる。
「空賊だわ。どうしましょう……」
「やだわ、やだわ」
大きなキャビンに押し込まれた学友達は、皆一様に不安の色を浮かべていた。ただひとり、先程の彼女だけが飄々としている。むしろ、少し楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「ディプロ嬢は落ち着いてらっしゃるのね」
隣に座った学友に声をかけられ、彼女は顔を窓から離した。
「まぁね。騒いでも仕方ないし」
「伯父様の職業柄、ああいう方も怖くないのかしら?」
そういう彼女の発言は、少しばかりの揶揄を含んでいた。だが、彼女は意に介する風もなく、短く「別に」と答える。
「宝石商って、ああいう方々から宝石を買ったりなさらないのかしら?」
「さぁ。伯父の仕事のことは良く知らないし」
「随分手広く事業をなさっているんだから、ああいうお知り合いがいてもよさそうですけれど」
彼女はそれには答えず、確かに手広く事業をやっているよな、などと思いながら、再び窓へと視線を移した。小さな丸窓からは、空賊の青緑色に輝く小さな飛行船が見えた。随分と追い付かれている。見ているうちにも、どんどん近付いているようだった。
「あ」
空賊の飛行船から、小型艇が飛び出してくるのが見えた。小型艇は、あっという間に彼女の視野から外れる。それだけ近いということだ。
「乗り込まれる」
「え?」
周りの学友が窓を振り返った瞬間、大きな揺れが『ポルテージ号』を襲った。
「きゃーっ」
「助けて。いやー」
「先生っ」
女学生達の悲鳴がキャビンに響き渡る。
『お客様に御連絡致します。当船には優秀なボディーガードが付いております。どうぞ御安心下さいますよう、お願い申し…っ』
ゴッっという不穏な音と共に、アナウンスが途切れた。キャビンの悲鳴は益々収集が付かなくなる。生徒を落ち着かせるべき教員さえ、キャビンの端で膝を抱えていた。新任の女性教員なのだから、仕方がないといえば仕方がないが…
そうこうしているうちに、ドーンッと大きな音を立ててキャビンのドアが蹴り破られた。
一際大きな悲鳴が上がる。
「……あー、煩せぇ。なんだ、客はこんだけか? ガキばっかじゃねーか……」
ちっと悪態を吐きながら入ってきたのは、大柄な、いかにも荒くれといった男だった。女学生達の不安が高まる。既に、不安と恐怖で声さえでないという者もいた。一様に部屋の奥に固まって震えている。
「どうしたザス……て、あーこれはなんつーか…………最悪だな」
大柄な男の後に続いて入ってきた男が、一人目と同じように悪態を吐いた。こちらは、薙刀のような大きなナイフを持っている。さして大柄ではなかったが、そのナイフが凶悪な雰囲気を醸し出していた。
「だから遊覧船てのは嫌なんだ。当たり外れがでかすぎる。今回のネタは信用できると思ったんだがなぁ……」
ザスと呼ばれた男が、ずかずかと近付いてくる。目を合わせないようにか、女学生達は一様に視線を背け、少しでも目立たないように身を小さくしている。
「別にとって喰いやしねーよ。……おいカザ、翔かお頭呼んできな」
「おぅ」
ナイフを持った男が踵を返してキャビンを出ていく。その背を見送って、ザスはもう一度大きな溜め息を吐いた。
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