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『空賊 short &
short 〜合言葉を作ろう!〜』
日増しに日が短くなる、秋。夕食の片付けを終えた翔は、ティーポットを持って食堂へ姿を現わした。
「カモミールティー煎れるけど、飲む?」
「おう」
「飲む〜」
「あ、うちいい」
「くれ」
見事性格の表れた返答に苦笑しつつ、翔は厨房へ引っ込んだ。食堂では、尚の趣味でラジオから音楽が流れていた。本を読む者、だらける者、知恵の輪に悪戦苦闘する者、と各々思い思いに寛いでいる。仕事が一段落ついた後の、優雅な食後の一時だ。
やがてティーカップを持って戻ってきた翔は、悪戦苦闘中のカルと宮の輪に加わった。
「ぐはっ……戻っちった」
「これ違うんじゃない?」
「あ、やっぱりー?」
五つの輪が複雑に絡み合った知恵の輪を、宮が思いきり引っ張る。ぱしっと妙な音がした。
「……力づくは違うと思うな……」
宮の手から知恵の輪を受け取って、カルはしきりとそれをこね繰り回す。こういうのは得意分野なのにとぼやくカルを横目に、翔は尚に話し掛けた。
「真っ先に手出しそうなのに、やんないの?」
「まぁね、持ち主だし」
ちょこっと自慢げな尚を、あっそ、と翔は軽く受け流した。これホントにはずれんの? と言う宮に、尚はにやりと笑って、当然。と返す。そんな面々の話題から一人外れて机に突っ伏していたタカが、不意に身体を起こした。
「なぁ、合言葉つくんねー?」
「……はぃ?」
四人の怪訝そうな視線がタカに集まる。あぁ、と一人合点のいったらしい翔が、あれのことぉ、と呟きつつ補足する。
「この前タカと情報収集にいった時ね、使ってたのよ。青鷺亭の子達が裏口で。格好良かったのよねー」
からかいの調子を含んで、翔はわざとらしく小首を傾げてみせる。その様子に宮がくつくつと笑い、尚は尚でいたって明快なコメントを発した。
「めっちゃ単純」
「うるせー! 笑うなーっ! けど、あったら便利だろ!? 合言葉!」
何故か必死になるタカに、そうかぁ?と尚と宮は疑いの目を向ける。更にそこへ、いまだ知恵の輪と格闘中のカルが追い討ちをかけた。
「ちなみにどんな時に便利なわけ?」
「う……っと、例えば……」
「例えば?」
しきりに悩むタカを、他の四人はからかいながら眺めている。ちなみに彼等の顔には今、一様に『楽しくてしょうがない』と書いてある……。
タカがあげる可能性がひとしきり玉砕した頃、仕方無しとでもいう風に翔が助け舟を出した。
「まぁ、宿とる時なんかは便利かもねー。本人確認の為に」
「だよな! そーだよ、ほら見ろ」
−何がほら見ろなのかちっともわかんないけど、取り敢えずこの自慢げな顔が何かむかつく。
どうやら考えた事は同じだったらしい。
「てか自分で考えてから言え!」
ほぼ同時に全員に突っ込まれて、タカの視線は宙を漂った。にやりとわらって、宮がさり気なく指摘する。
「視線泳いでるよ」
「いやいや、んなことないって。気のせい気のせい」
「あぁ、視線が遊泳禁止区域に! 戻っといで〜!」
「うぉ、やべぇって、違うだろ!」
尚に鼻で笑われ、翔に呆れられつつも、カルとタカの漫才は暫し続いた。
「んで、合言葉だよ。どーすんの?」
さんざん笑ったところで、宮が話を元に戻す。
「んー、『空』と『風』とかは?」
「ありきたりだろお、それは」
翔の提案を、尚が一蹴する。やっぱり? と笑って、翔は次々に案を出し始めた。それを、片っ端からカルがメモにとる。曰く、
『朝』『寝坊』(尚を見て思い付いたらしい)、『飛行船』『超真空最強最速七転八倒飛行船 飛びます12号』(「長いから却下!」)『レンチ』『スパナ』(「タカだ、タカ〜!!」) 等など
「何かぱっとしねーなー」
タカのぼやきに、翔がふっと溜め息をつく。
「じゃあ少しは自分で考えなさいよ」
「うんうん」
「宮も」
「うちも?!」
当然。と翔は大きく頷く。大体、今のところの案は全て翔のものだ。カルは記録係、尚は評論家に収まっていて、自分の案は出さない。タカも好き勝手なコメントを付けるだけだし、宮にいたってはコメントが全部表情で片付いているのでほとんど声さえ出ていない……。翔が溜め息をつきたくなるのも道理なのだ。
「私的には、『風の波』『空の海』は好きだけどな。適度に短いし。ノックは三回で、それに続けて『風の』『空の』ってくんの」
「あぁ、結構様になってんじゃん?」
カルと宮の一押しに、尚は少し渋い顔をする。なんとなくぴんと来ないけど、他にいい案も浮かばない。そんな顔だ。だが直ぐに、まぁいいかとでも言いたげにOKを出す。そして、最後に残ったタカに四人の視線が向かった。
「言い出しっぺ的にどうよ?」
「あー、ま、けっこーいいよな」
微妙な物言いに、宮が苦笑する。
「おっ前、素直に褒めろよ」
「褒めてっよ!」
ああ言えばこう言う。賑やかなことこの上ない。そして
がたがた、わいわい、がやがや……がったーんっ…
「とれたー!!」
突然の大音声に、他の四人は動きを止めた。まるで喉に刺さってずっと取れなかった魚の骨でもとれたように、すっきりとした笑顔のカルがそこにいる。
「どうだ尚!」
ばーん! と効果音でもつきそうな勢いでカルが尚に突き付けたのは、件の知恵の輪のばらばらになった姿だった。
「これで明日の食当は尚だからねっ」
「チッ」
心底悔しそうに、尚が舌打ちをする。それがスイッチだったかの様に、それまで流れていた音楽が不意に止んだ。ラジオからは、ノイズ混じりのニュースが流れ始める。
「やっべ、こんな時間だ。風見鶏直さねーと。んじゃ」
「おやすみ。うちも航海図書き直さんと」
「おやすみ〜」
タカと宮が去った後、一つの賭が行われた。
ー タカは明日の朝まで、この合言葉を覚えているかいなか。
「覚えてるだろお、流石に」
腕組みをして背もたれに背を預け、尚はどちらに賭けるか真剣に悩んでいる。遊び半分のカルが、尚の言葉を受けて逆に賭ける。つられて翔まで参加した。
「じゃあ覚えてないに銀桃館の柘榴酒一瓶」
「じゃ、覚えてるに銀桃館の金杏のジャム一瓶! 尚は?」
「んー、じゃぁ覚えてるの方に、食当三回分!」
「しょぼーい」
いいんだよ! と返す尚を二人して笑いながら、カル、翔、そして尚も、食堂を後にした。
ー 翌朝
「あー眠ぃ」
普段、意外に早起きな割に食堂に来るのが遅いタカは、今日も例に漏れず一番ラストに食堂へやってきた。しかし、
がちゃりっ
「あれ? あ? 何で鍵かかってんだよおい」
食堂の扉は非常用の頑丈な鍵で閉じられていて、開かない。万が一船の中に他人が侵入した場合、ここに隠って体勢を立て直す。そういう目的で鍵の作られた部屋が船内には幾つかあり、食堂もその一つなのだ。だが、何故航行中でもない今、鍵がかかっているのか?
「だーっ! もういい!」
一通り力づくを試したタカは、ジャケットのうちポケットからスパナとワイヤーを引っ張り出した。考えてもしょうがない。誰の悪戯かしらないが、こうなったら
「開ける!」
作ったのはタカなのだ。彼女に開けられない筈がない。ものの数秒でかちりと錠が開いた。
「誰だー! 朝っぱらから……」
「忘れてたね」
語尾に星でもついていそうなカルの声が、タカの叫びを遮った。
「は?」
落ち着いて食堂を見てみると、四人各々、様々な表情でこちらを見ている。中でも、何故か怒りのオーラを背負って笑っている尚が、一番怖い。
「合言葉」
笑顔のまま機嫌の悪い声でそういわれて、タカはきょとんとするしかない。
「合言葉? 『風の波』『空の海』ってやつ?」
…………
「覚えてんじゃん!」
宮の突っ込み、カルの落胆、そして何故か翔と尚の喜びよう。タカは眉根を寄せて首を傾げた。
「なんだよ」
「いやぁ、何でもないよ。うん。はっはっは」
ぽんぽんとタカの肩を叩いて、上機嫌になった尚は厨房に入っていく。そのタカから少し離れたところで、カルが翔と交渉をしていた。
「ノック三回は完全忘れてるよぅ」
「まーね。でもまぁ、賭は賭け」
「けどさぁ〜」
納得いかなげなカルを、まぁ諦めるんだな。と宮が笑う。
「何の話だよ」
「別に〜」
一人蚊屋の外のタカは少しむすくれていたが、厨房から美味しそうなオムレツが出てきたので、取り敢えず興味をそちらに移したらしかった。
その晩、翔が上機嫌で奢ってくれた銀桃館の柘榴酒の出所を、タカが知ることは遂になかった……。
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