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『空賊 short & short -ver.? 〜非日常・一コマ〜』

 

「タカは〜?」
 昼食の片付けをしていた翔のもとに、ふらふらとカルが入ってきた。大きな鍋を拭きながら、翔は「知らないけど?」と答える。
「何、何か用事あるの?」
 翔はそう言って、食卓に並んだ夕食のデザート用のゼリーに伸びるカルの手をはたく。銀桃館のチェリーを使ったらしいそれは、透けるように赤くて輝いている。幾つかある薄緑色のものは甘いもの嫌いの宮の分で、おそらくは青梅だろう。
「美味しそうでしょ。ちょっと甘さ控えめー。って、ほら夕食の分なんだから。タカの用事はどうしたの」
 名残惜しそうにゼリーに目をやりつつカルが答える。
「ん、頼まれてたものが見付かったんだけどねー。今度はタカがみつかんないんだ」
 ゼリーを諦めたのか、何処だろう、などと呟きながらカルはふーっと息をつく。大分疲れているらしい。
「お茶でも飲む? ていうか何でそんなに疲れてんの?」
「あかずの間のお片付けしたからかな」
 通称あかずの間。正式名称、カルの自室だ。机の上のものを床に降ろし、机にものが積み上がるとまた床に降ろす、の繰り返しを重ね、更に飛行船の離着陸などの揺れでそれが崩壊するとカルの部屋のようになる。いつもは他人が入り浸れるくらい片付いた部屋なのだが、長旅と強硬日程が続くと気付いた時にはあかずの間と化しているのだ。
「成程、そりゃあ疲れるわ。でも良く片付ける気になったね。偉い」
「だって、タカが部屋の隅から引っぱりだしてきた本、カビはえてたんだもん。大事な本にカビとかはえられたら困るし」
「…………成程」
 結局、翔とともにハーブティーで一息ついたカルは、再びタカ探しの旅を再開した。
 

「宮〜。タカ知らない?」
「うわぁっ」
 一路アジトを目指して不眠不休の操舵室に、カルはふらりと入ってきた。その無音の現れ方に、宮は驚きのあまり舵を切ってしまった。
「だぁ〜!! ずれたー! 普通に入って来いよ普通に!」
 急いで舵をもとに戻して、宮はほっと息をつく。周囲の計器を確認して、方角がずれていない事を確かめる。これで方角を間違えると、一路とんでもない所へ向かってしまうのだ。
「よし」
 チェックをすませ、ごめんなさーい。と謝っているカルを振り返って、宮はもう一度大きな溜め息をついた。
「で、何だって?」
「タカ知らない?」
「あぁ、そこ」
 ちらりと視線を横の窓へ流して、カルに覗いて見るよう促す。操舵室から左下方を覗けるその窓からは、回転するプロペラと悪戦苦闘しているタカの姿が良く見えた。
「左舷の第四プロペラがおかしいんだと。アジト着く前に空中分解だけはさせんなよっつといて」
「了解。サンクス!」
 良くわからないジェスチャーとともに礼を言って、入ってきた時と同じく、ふらりとカルは出ていった。
 
 
 快晴。目を眇めたくなるような太陽に、真っ青な空。僅かに漂う白い雲と、飛行船。そしてその船首の縁にしがみついている、人間。
「あ、タカ。おーい! 頼まれものの分圧計、あったよー」
「マジで?!」
 あの距離でどうして聞こえてるのか、毎回疑問に思うカルである。勿論、聞こえると知っているから呼び掛けるのだが。
「こっち風下なのに……」
「何が?」
 廊下を歩いてきた尚が、カルの独り言を聞き返した。片腕に、どうやら食堂から奪ってきたらしい青梅のゼリーをもっている。翔との間で小さからぬバトルがあった事は容易に想像された。いつになっても、こと食べ物に関する限りなくならない争いだ。だが、さすがに尚は素早い。そう思いつつ、ほら、あれ。とカルがタカを指さすのと、強風に飛行船が煽られたの、果たしてどちらが先だったか。ぐらりと傾いだ弾みに欄干に叩き付けられて、カルと尚は思わず目を瞑った。そしてその直後。
「うわぁー……っ」
 タカの叫び声が彼女達の耳に届いたのだ。
 
 
「っぶねぇ〜」
 覗き込んだ遥か下方にタカの姿がなかった時は、二人ともが一瞬息を飲んだ。遂にタカの悪運も終わったか、と。しかし、彼女は命綱一本でどうにか船体にぶら下がっていた。
「タカぁ〜。生きてるか〜い?」
  カルが帽子を押えながら下を覗き込む。その声に緊張感がないのは、きっと彼女の性格故だろう。その横で、尚は腕を組みつつ下を覗いている。
「まぁ、取り敢えず大丈夫じゃん。うん」
「お前等ぁ〜それがこの状況で言う台詞かぁっ!」
  今にも落ちそうな状態で、タカが喚く。彼女としては、引き上げてもらわなければ命がない。
「尚、ほらそっち引っ張って」
  片手で帽子を押えつつ、カルは命綱を握った。だがもちろん、片手で人一人引き上げられる筈もない。一瞬迷って、仕方ないとでも言いたげにカルは帽子から手を放した。同じく仕方ないと言いたげに、尚は青梅のゼリーを床に置く。だが、飛行船が揺れても落ちない所にしっかりと置いた事を、カルは見過ごさなかった。
「しっかりしてるねー」
「まぁね」
  尚とカルに引き上げられて、なんとかタカが船体に取り付く。しかしその時、タイミング良く吹き付けた二度目の強風に煽られて船体が僅かに傾いだ。その拍子にタカが手を滑らせる。そしてカルの帽子が宙を舞った。
「あ、帽子」
  咄嗟にカルは綱を手放し、帽子を追って船尾に走り出した。当然、宙づりのタカとそれを支える尚はたまったものではない。
「彼奴……ッ」
  急激に重たくなった命綱を、ようやく引っ張りながら尚はカルの消えた船尾の方向を睨み据えた。
「うおー、死ぬかと思ったぁ。てかカル〜ッ!!」
  どうにか船体を廻る外廊下の欄干に腕をかけたタカは、恨み言を吐きながら一息吐いた。死にそうな目にあったと言うのに、乗組員達は冷たすぎる。引き上げてもらった事に対する感謝よりも、その方が気になると言うものだ。恨み言の一つも言ってやりたいタカの気持ちは痛い程よく分かる。しかし、今回は相手が悪かった。
「ヤバい心臓バクバクいってるし。大体、帽子と人とどっちが大事だよ。幾つ帽子持ってんだ! いや、そりゃ関係ねーけど。つーか、もっと早く引き上げろよなぁ。友達がいのない奴等だ全く!」
「ほぅ」
  散々悪口雑言を吐いた挙げ句顔を上げたタカは、そこににやりと笑う尚を見い出した。一瞬背筋を冷たいものが流れ落ちる。
「あ、待て。別に尚に言ったわけじゃねーぞ。カルだからなカル。ちょい待て、やめろおい!」
「…………ふッ。キャッチ&リリースッ!!」
「うっ、わぁぁぁぁー!!」
 欄干にかかっていた腕を払われ、タカは呆気無く元の姿に戻っていった。
 
 
 この後、尚と戻ってきたカル、そして操舵室で宮と話し込んでいて一部始終を目撃していた翔によって、タカは無事救出された。

 だが、彼女がしばし人間不信に陥った事は、言うまでもない……。

 

 

 

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