|
『空賊 short & short 〜謎多き猫がゆく〜』
「マジでなんなんだろーね、これは。全っ然開かないし」
細工の凝った小さな小箱をひっくり返したり回したりしながら、宮は真剣な面持ちでそれを眺めていた。銀の小箱で、蓋には赤や青の宝石が鏤められている。いかにも高価そうな上にからからと中から音がするのだが、何せ鍵がないので開けようがない。そこで宮がこじ開けようと奮闘していると言うわけだ。
「開きそう?」
「んや」
覗き込む翔に即答を返して、宮は大きく一つ息をつく。
「お茶煎れてこようか?」
「マジで。めっちゃ欲しい。…あ、ついでにタカ、工具貸して」
「あ、おう」
取ってくる、と言いおいて、タカが部屋を出ていく。その後ろに続いて、翔も廊下を出て行った。バタンとドアが閉る。一人になった部屋で、宮は再び飾り箱をいじり始めた。
ー どーも仕掛けがある気がすんだよなー。この石とか怪しーよなー。
ガチャガチャガチャ、カチャ……
「あ? …開いちゃったぁ。って、あら? ……ぎゃぁー!!」
バッターンッ………
誰もいなくなった部屋を、沈黙がゆっくりと通り過ぎて行った。
さわさわと晩夏の風が渡っていく廊下を、タカは工具箱片手に戻ってきた。ノックもそこそこに扉を開ける。
「おう宮、工具……っておい、いねーし。…? …っわぁ!」
何かに驚いた様に半歩飛び退いたタカに、背後から怪訝そうな翔の声がかかった。
「何してんの。ていうかお茶持ってんだから気をつけてよ」
御盆に乗ったグラスの中では、いまだに氷が揺れている。だが、そんなことは気にも留めず、タカは慌てた様子で部屋の中を指さす。
「猫! 猫いたんだって足元に。踏みそうだったんだよ!」
成程、タカの指さす先には、ダークグレーの毛並みの猫がいた。ブルーの瞳で、伺うようにこちらをじっと見ている。すらりとした猫特有のスマートさに、ふさふさの尻尾が何とも可愛らしい。
「あ、本当だ。カワイー」
翔のあまりに普通な反応に、少しは驚くとか焦るとかしろよ、とタカはぼやいた。
ひとしきり猫にちょっかいを出して遊んだ翔が、何かに思い当たった様子で顔を上げた。
「で、宮は?」
「知らん。いなかった」
…………。
「いなかったって、あたし会わなかったけど?」
「あぁオレも…って? ! 宮何処行ったんだよ。さっきまでいたよなぁここに!」
言いながらタカはぐるっと部屋の中を見回す。さして大きくもなくものも少ない宮の部屋は、人の隠れるようなスペースは勿論ない。翔が食堂側から、タカがその反対から来ていて、どちらとも会わずにここから出るには廊下から船外に出るしかない、筈だ。
「……ま、まさか…」
タカの視線が、翔の腕の中の猫に留まった。暫し猫と見つめあうタカ。
「まさか宮、猫になっちまったとか!」
「馬鹿なこと言わないでよ」
翔に冷たく一蹴され、そうだよなぁ、とタカも頷く。ふと足元に視線を落とした翔は、先刻の銀の小箱を拾い上げた。蓋が開いている。しかし、中は空っぽだ。
「…あ」
「ただいま〜!」
翔が何かを言いかけたその時、買い出しで街に降りていたカルと尚が、大量の包みを持って入ってきた。
「頼まれたもの買っってきたよ〜、て宮いないの?」
机の上にどさどさと荷物を置いて、カルが部屋を見回す。そして彼女は、件の猫を発見した。
「いや〜、超美人さん発見! どーしたのその子? カワイー」
三度の飯より猫が好きというこの猫好きは、まるで自分も猫になりそうな勢いだ。その様を、半ば呆れて半ば莫迦にして眺めながら、尚は二人に説明を求める。説明が 「宮、猫になる!」説へ到達するにいたって、尚が大仰な溜め息をついた。
「あのさぁ、普通人が猫になったりするか? 常識で考えようよ」
莫迦? と言わんばかりの表情に、翔は反論を試みる。
「あるじゃないそういう伝説。ほら、箱を開けたら一気に歳取っちゃうのとか」
「あるね〜。桃から出てくるのと…」
「いや、そりゃ違う」
尚の突っ込みが、カルに最後までボケる隙を与えない。みょーんみょーん、とかいいながら猫に万歳をさせているカルは、あれで実は拗ねていたりする。
「にしても、猫が宮ねぇ。宮なら意思表示の一つくらいして欲しいね。宮って呼んだら答えるとか…」
ミャァー
……………。
タイムリーすぎて、誰も何も言えない。
「まさか、マジだったりしねーよな?」
ミャァー
……………。
ー 本物かも…
「そーいわれてみれば、似てないこともないかも」
「うん、なんとなくね…」
……………。
ミャァー
「……あれ?」
不意に、翔は首を傾げながらカルの抱く猫を抱き上げた。大人しい猫で、人に触られても特に逃げる様子はない。その猫をしげしげと眺めて、翔が呟いた。
「ねぇ、今鳴いたの本当にこの猫?」
「え?」
「何か違う方から聞こえた気がしたんだけど」
翔の言葉を受けて、四人はくるりと部屋を見回す。はた、と四人の目が扉に留まった。
扉の枠に肘を預けて、笑いを堪えて立っている宮の姿がそこにあった。
「………宮だーっ!」
まるで幽霊でも見たような四人の驚き様に、遂に堪え切れなくなったのか宮は腹を抱えて笑い出した。
「っくはははは! 猫が〜いやー可笑しい!」
「ちょっと待て! どっから出てきたんだよ。つーか何処にいた!」
笑い続けたまま、宮は隣の部屋を示す。隣の部屋は、尚の部屋だった。
「いやぁ、例の箱開けたらさぁ、中からどろどろのもんが出てきたんよ。油っぽいの。もー手についちゃって、気持ち悪いしひりひりするしでさぁ。そういや尚んとこにウェットティッシュあったなーと思って行ったわけよ。んで戻ってきたらこれだから、暫く放っとこうかなぁっと」
思い出して笑いが戻ってきたのか、宮はまたひとしきり笑う。ひでーよ、こっちは心配してたのに。と批難を浴びて、宮はようやく笑いを収めた。
「でも、この箱カラカラいってなかった?」
翔が手元の箱を覗き込む。油のようなものがついていた気配はない。
「あぁ、それ二重底。仕掛け間違えると別な方開くらしい。ほら、音の正体はこっち」
そう言って宮がポケットから取り出したのは、バロック真珠の大型ブローチだった。四人が揃って歓声をあげる。
「それなら二月は食費の心配がないね! 箱も入れたら四ヶ月はOK!」
カルの御墨付きにさらなる歓声が上がる。
「よーっし! 今日は【ローザ・ローザ】で晩飯だー!」
「わーい、外食外食!! スペアリブ〜!」
「目立たない恰好してかなきゃ」
「平気だろう、行き着けだから」
ずらずらと勢い勇んで五人は部屋を出て行く。
後に残されたのは、ただ一匹の猫。
「あ、そう言えばあの子!!」
出かける間際、気がついたカルが宮の部屋に駆け付けた時には、猫の姿は既になかった。落胆するカルに、翔が気遣って声をかける。
「猫ぐらい、青鷺亭にルシアがいるじゃない。何時でもあえるし」
「うん、いや、そうじゃなくて、思い出したんだよね…」
「何を?」
ごそごそと鞄を漁っていたカルは、一枚の紙切れを引っ張り出す。少し皺の寄ったそれを丁寧に伸ばし、彼女はそれを翔に渡した。受け取った翔は、さっと目を走らせて動きをとめる。固まった翔の手から紙片を奪い取って、タカがそれを音読した。
「何だよ。…えーっと? ルジーナ、二歳、ブルーの瞳と品のあるダークグレーの毛並み、ふさふさの尻尾が特徴のキャッスルグレー・キャット。保護して下さった方には………七万リル!! あの猫七万リルだったのか!」
「何ぃ! 何でもっと早く気づかないんだよ!」
「七万リル…うわっ。あの宝石より高いじゃん」
「あぁ〜七万〜!」
その後ローカルラジオで、ルジーナが無事保護されたことを彼女達は知った。幸運な猫の発見者は…………【ローザ・ローザ】の女主人だったそうだ…。
|