空賊

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=厄は空から空へ=
晴れ渡った青い空。雲一つないそのそらを、カモメが飛んでいく。今日も航海日和の素晴しい一日が始まりそうだ。
「船長、朝食の用意できましたよ?」
「あぁ、有り難う。カオル君。今日は何サンドかな?」
料理長の得意料理がサンドウィッチなので、毎朝こう聞くのが彼の習慣である。
「はい、ロースカツとフレッシュレタスとトマトとオニオンのマスカトーレ風です」
やたらと長い名前に、まだ若い船長は顔を顰めた。
「タマネギ、はちょっと…」
「知っています。ですから船長の分は『ロースカツとフレッシュレタスとトマトとオニオンのマスカトーレ風オニオン抜き』です」
カオルの後ろから、銀色の盆を片手に料理長が姿を現わした。料理長と言っても、まだほとんど少年だ。振り返ったカオルが料理長の持って来た皿を見て、溜め息をついた。
「ツカサ兄さん、嫌がらせだよそれ」
だが、カオルの声など聞こえないようにツカサは配膳を始める。サンドウィッチ、スープ、フルーツ、ワイン、そして、オニオンリング。さり気なくオニオンリングの皿を遠ざけた船長は、その先に丁度いい人間を見付けた。
「やぁお早う、リュウにルイ。一緒に朝食はどうだい」
デッキに上がってきた二人は、欠伸をかみ殺しながら首を振った。
「今食堂で食ってきた。つーか、フヒトさん、この船はなんだってこんな遅いんだ?」
重そうなカトラスを腰に下げた少年が、船長に突っかかる。寝起きで機嫌が悪いようだ。船長は苦笑を返して答えた。
「それは、客船だから商船のようにはいかないよルイ。何事も、安全運行安全運行」
「けど、徹夜の用心棒の気……」
何かを言いかけたルイの視線が、さっと上に上がった。一瞬先に動いたリュウは、既にマストに登り始めている。
「あれ、え? 何?」
カオルがツカサを見上げる。ツカサはルイの視線の先に目を凝らす。その時、マストの上からリュウの怒声が降ってきた。
「チッ、空賊だ!」
「あんたら中入ってな!」
船長、ツカサ、カオルを中に押しやって、ルイはカトラスを引き抜いた。リュウの手には携帯型対空砲。ルイがマストの帆を広げるのと、対空砲が火を吹くのが、ほぼ同時。しかし敵もさるもので、対空砲をやすやすと躱して高度を下げる。気付いた時には、小型の飛行艇から三人が甲板に飛び移っていた。
「何だ? ガキじゃねーか」
その内の、一番ルイの近くに着地した金髪少年がそうのたまった。瞬間、ルイの血管がプつりと切れた。
「お前だってガキじゃねぇか!」
カトラスが弧を描いて振り降ろされる。すいっとそれを避けた相手は、眼帯で片目が塞がれているとは思えない動きで反撃を繰り出してくる。しかもカトラス相手に素手で。何度かいい線にいくのに、何故か避けられる。そしてその度にこの眼帯は「危ねー、うわっ、おー、ぐはっ」と効果音をつけるのだ。気に触る事この上ない。
「何遊んでんのタカ! さっさと片付けろ!」
青いバンダナを靡かせたまた別の賊が、ルイの背後に迫っていた。咄嗟のところで蹴りを避け、ルイは体勢を立て直す。
「卑怯だぞ、後ろとりやがって」
思わず呟いた独り言に、青いバンダナはふっと笑って答えた。
「素手の女に勝てない奴に言われたくないね」
「…………は? 女…?」
誰がだよ? ルイの思考が止まる。そして動きも止まる。その一瞬。
「ルイ!」
「あ? うわっと」
リュウの投げた小刀のお陰で、ルイは危うくバンダナの攻撃を逃れた。チッっと悔しそうに舌打ちをして、バンダナは踵を返す。リュウが来て不利と思ったか、眼帯のタカと青いバンダナは甲板を駆け出した。向かう先は客室用入口だ。
「しまった。待て!」
ルイとリュウが後を追う。用心棒を引き受けたからには、そう簡単には行かせられない。
「翔、タカ!」
客室用入口の前で鍵のこじあけをしていたらしいもう一人が、急げと手で急かす。
「敵前逃亡かよ。いくじなし。さては俺等の怖さに怖じ気付いたか? 仕方ねぇなぁこれだからガキは」
ルイのわざとらしい挑発に、思わず翔は振り返った。青いバンダナが翻る。かかった、と思ったルイに、翔は冷たく言い放った。
「勝手に言ってな」
「な……ッ」
逆に挑発されているルイに、リュウは内心呆れながら声をかけた。
「中から挟む」
言って直ぐに、リュウは横に逸れた。了解、と小さく答えたルイは、速度をあげる。そして空賊の三人が客室への階段に足をかけた瞬間、彼等はマスカトーレ風ロースカツのごとく、上と下から挟み撃ちを食らっていた。
「なんで下にいんだよ、あの長髪色黒野郎!」
「どっちを突破?」
「もち下。逃げてどうする。お宝は下だからね、行くよ!」
翔の掛声とともに、タカが先頭切ってかけ降りる。
「宮、後ろの野郎頼む」
「あぁ」
後ろから降りてくるルイと相対して、宮はすっと目を細めた。
船内が騒がしくなり始めた頃。さして大きくはない客船の客室に収まっていた一人の女性客がいた。濃紺のドレスに肘までの手袋。ちょっとした貴婦人風の彼女は、暇つぶしに船内で知り合った友人達とトランプをしていた。
執事見習いのツバサ、船長の甥っこだというカイ、そして町内会の福引きであたって家出ついでに船に乗り込んだと言う少年、リョウだ。三人とも彼女より二つ三つ年下で、どうみても一人旅をする年では無さそうだったが、彼女はそんな事に頓着しない。暇がつぶせればそれでいいのだ。
そして今、彼女は新しい暇つぶしを思い付いていた。
「外が騒がしいな」
「えぇ、空賊が来たのだとかで。でも用心棒の方もいらっしゃいますし心配はないかと」
執事見習いというだけあって美味しい紅茶を煎れるツバサは、たった今仕入れてきた情報を彼女に提供した。
「空賊〜?」
「盗賊だよ空の。知らねぇの? 海賊とかみたいな」
「知らなーい」
よっしょっと、と掛声をかけてカイがカードを引く。
「わー、またババさんだ〜。はい、ジュンの番」
差し出されたカードからわざとジョーカーを引いて、ジュンはすいっと立ち上がった。
「どうされました?」
「ちょっと出てくる」
「……は?」
つかつかとドアに向かうジュンを、ツバサとリョウが慌てて止める。
「い、今は空賊が……!」
「そーだよ。あぶねーって!」
「いや、だからこそ。空賊なんて、一生でそう何度もあえるもんじゃなし」
うん、とひとり頷いてジュンは部屋を出ていく。その後をリョウ、そしてツバサも慌てたようについていく。
「置いてかないでよ〜」
そしてカイまでもが、部屋を出ていった。
「聞いていいか、リュウ。何時から俺等は見せ物になったんだ?」
「知るか」
繰り出されるナイフの攻撃をカトラスでうけながら、二人は状況に混乱していた。ここは食堂を兼ねたこの客船でもっとも大きなホールだ。そして、恐らく空賊の狙いであろう彫刻、『碧き孤島のシレーヌ』が飾られている場所でもある。岩礁に腰掛けて魚と戯れる人魚の彫刻と空賊の間に身を割り込ませ、なんとか二人は相手をねじ伏せようと努力しているのだが、何分相手の方が数が多い。一人一人の力がほぼ互角だけに、なかなか厳しい戦いを強いられていた。そしてその二人を更に追い詰めているのが……
「頑張れ〜くうぞくさん!」
「あ、何あっち応援してんだ、こら。くそっ、負けんな用心棒!」
「『碧き孤島のシレーヌ』に傷つけたら給料から棒引きだからね、ルイ。頑張れ、リュウ」
乗客や従業員達の暖かい声援だった。声が掛かる度に愛想を振りまく空賊には、いい加減怒るを通り越して呆れている。「いい男が沢山v 」などとやっている淑女方にももう何も言うまい。いやしかし、これだけは言わねばならない。
「船長! あんた悠長に構えてんじゃねぇ!」
「同感だね、『碧き孤島のシレーヌ』は頂くよ。宮!」
宮と呼ばれた賊が飛び出して、彫刻にロープをかけた。止めようとするリュウの行く手を、タカが塞ぐ。その攻撃を受けずに避けて、リュウも彫刻に手を伸ばした。カトラスの刃がロープを切断する。
「あっ!」
誰かがそう叫んだ時、船内アナウンスが鳴り響いた。
「船です! 航路警備局が到着しました!」
「チッ、能無し軍団の御到着だ」
「おぉ、気が合うな。俺もあれは能無しだと思う」
交えた刃越しに、ルイと翔はにやりと笑った。空賊と用心棒。お互い、後から来て邪魔だけする航路警備局には含むところがあるらしい。
「翔、一先ず引き上げっぞ!」
名残惜しそうにリュウの腕の中の彫刻を一瞥して、三人は発煙筒を放り投げた。青とオレンジと紫の煙が、辺り一面に充満する。
「うっわ、こんなもん何処から……っ」
視界を奪われたルイが呻いた。こんなもん持ってんなら最初から使やいいのに。その呟きに、背後から笑いを含んだ三人の声が答えた。
「それじゃつまらんでしょ、久々に腕の立つ用心棒さんだったし」
「あーあ、カルと尚に怒られるな」
「また、近いうちにお手合わせ願いたいね。『碧き孤島のシレーヌ』を諦めたわけじゃないから!」
バーイ! と挨拶を残して気配が遠ざかっていく。煙幕が晴れる頃には、空賊の姿はもう何処にもなかった。
階段を駆け上がってデッキから空を見上げる。真っ青で雲一つない空を、雲を引いて遠ざかっていく小型艇があった。
「あー、逃げられちまった」
もうほとんど見えないそれを目で追って、ルイは小さく息をついた。
「ま、いいか。彫刻無事だったし。給料はでるよな?」
「勿論。ただ……」
何か言い渋る風なフヒトに、ルイは何だ? と顔を向ける。そのルイの肩ごしに、リュウがぼそりと呟いた。
「奴等の賞金は、給料の二倍だったんだがな」
「な……何ぃっ!!」
慌てて空を見上げるが、そこには消えかけの飛行機雲がふんわり漂っているだけだ。
「まぁ、そういう事もあるよ。気にしない気にしない! それにほら、また来てくれるかも知れないし!」
「カオル、来て欲しそうに言うんじゃない」
「あ、そうか。彫刻を盗られたらもともこもないしね」
縁起でもない事をさらっと言うカオルの横で、ルイは思わず空に叫んでいた。
「畜生ーッ! 次は絶対に、捕まえてやる〜ッ!!」
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後書:
空賊メンバーと、旧サイトでメインを張っていた『S.C.N.』というお話のキャラ総動員というリクエストで書いたお話。ちなみにこの、用心棒のルイとリュウ、100のお題にもちらほら顔を出しております。お見知り置き下さいませ。
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