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ことの発端は、一月近く前。食後のお茶を楽しむ団欒の最中の、ふとしたタカの思いつきがきっかけだった。
「なぁ、おい。花見いかねぇ?」
唐突なタカの発案に、思い思いに寛いでいた他の四人の怪訝な視線が集中した。金茶の髪に片目の眼帯という、どう転んでも目立つ容貌のタカは、今は食堂の隅っこでクッションに埋もれている。
「……突然どーゆーわけよ」
「思いついたんだよ、たった今」
よいっとクッションから身を起こし、タカは壁にかけられた暦を示した。
「ほら、こないだ青鷺亭で、そろそろ金鈴華の祭りの季節だ、て話し聞いただろ。オレ、金鈴華って見たことねーから、いっぺん行ってみたいと思ってさ。こっから皇国なら、一月もなくて行けるだろ?」
「あー。いいなぁそれ! 皇国の花見祭りのことだよね。行ったことないから行きたいに一票〜」
真先に、カルが賛同の声をあげる。声のついでに、右手も高らかに上げて、一票を主張するカル。その緑の瞳が、期待できらきら輝いている。
その瞳でじっと見つめられて、宮は思わず視線を逸らした。
「そんな季節か。どーよ翔」
「んー。まぁ、うちらにとっちゃ今さら珍しくもないけど?」
興味がない、というように、カップに視線を落としたまま翔は答えた。長めの黒髪とそれを束ねる濃紺のバンダナが影を落とし、彼女の表情は伺い知れない。
「尚は?」
「珍しかないけど、懐かしいっちゃ懐かしいかな」
「ん……」
煮え切らない三人の答えに、タカがだめ押しで畳み掛ける。
「なぁ、行こうぜ、行こうぜ! 年に一回しか咲かねぇんだから。今から飛ばさねーと、間に合わないぜ?」
「じゃ、一票追加」
すちゃり、と右手をあげて、尚が賛同にまわる。
「翔と、宮は?」
「どうよ?」
再度宮から訊ねられ、翔は少しだけ顔をあげた。
「まぁ、祭りだし、折角だからいいんじゃない」
そう言った口調は心底どうでもよさそうで、カルやタカは思わず小首をかしげた。
"祭"と聞いて盛り上がらない理由がみつけられず、釈然としない気持ちが頭をもたげる。けれど、続いた宮の言葉で、その引っ掛かりは一先ず心の奥へ追いやられた。
「翔がそう言うなら、いっちょ行くか」
「やった!」
いざ、皇国の花見祭りへ!
これが、ほんの一月程前のことである。
その晩。
「翔、だいじょぶ?」
「何が?」
夜の欄干で夜風に吹かれる翔は、夜目にも顔色が悪く見えた。並ぶと頭一つ分以上、翔の方が背が高い。宮は自然、下から翔の顔を覗き込む形になる。
「皇国の花見祭りさ、本当は行きたくないんじゃん?」
伺うように横目で捉えた翔の顔からは、なんの表情も読み取れない。ただ、肩口を過ぎる黒髪と、髪を押さえる濃紺のバンダナが風を受けてはためくだけ。
「別に、なにも」
短く応える翔の声は固く、到底何もないようには見えない。けれど、本人が何もないというのだから、それ以上の突っ込みようもなく……
「そ。ならいい」
あっさりと、宮は質問を引っ込めた。かりかりとこめかみの辺りを掻きながら、宮は翔の横で欄干にもたれる。
横からの風を受けて、飛行船が緩やかに横に揺れる。進度がわずかに左に逸れ、それからゆっくりと時間をかけて、元に戻る。
「尚も、随分上手くなったな」
「……そね」
宮の独り言に、翔が小さく応えた。応えが返ってきたことにわずかに驚き、翔を見上げる。見上げた先にあるのは、既に歩き始めた翔の背中。
自室の扉を開けて翔が立ち去るまでの間、宮はずっと、その背中を眺めていた。
「ほんとに、何もないならいいけど」
見送り、呟く宮。彼女の脳裏に、遠い日の記憶が蘇る。
──あれでは、闘神だ……
まだほんの子供だった宮にとって、その出会いは鮮烈だった。
忘れられない、怨嗟の双眸。
今の翔より遥かに長い黒髪が、風に舞ってたなびいていた。甘い香と淡橙の花弁の渦巻く中で、そこだけが影のように見えた。
十年前のあの日、金鈴華に囲まれて立っていた少女は、確かに全てを呪っていた。
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