=第2章=
「それにしても」
ふと呟く宮に、タカも翔も視線を送る。宮は軽く肩を竦めて、言葉を続けた。
「客船、飛行船、大型船てのはどれをとっても厄介だな、と思って。ま、腕試しって言うからにはそんくらい、当然ちゃ当然だけど」
「確かに厄介ね」
これが商船なら話は簡単だったのだ。商船には、決まった積み荷が積まれている。商船を襲うことは即ち、積み荷を奪うこと。積み荷の価値は事前におおよそのめどが立てられる。量や配置も、大抵は事前の下調べでなんとかなるものだ。
しかし、客船ではそうはいかない。客船での獲物とは、乗客の所持する金品である。乗客は船内の至る所に分散しているし、今回の様に大きな飛行船ならば客室数も半端でない。成果はどれだけ効率よく短時間で客から金品を奪えるかにかかっている。
まして、海洋船舶と違い、今回の獲物は飛行船だ。船舶は操舵するものがいなくても簡単に沈みはしないが、飛行船は操舵するものがいなければ落ちる危険性がある。乗組員を全部殴り倒して、盗るもの盗って逃げる。などと言うシンプルな作戦は通用しないのだ。
「襲った後の船が事故ったりすると、一番後味悪ぃんだよなぁ」
タカの言葉に、二人が頷いた。
「そうすると、まず『ヴェール海の女神号』に乗り込んで、操舵室の制圧が必要よね。で、そこに操舵できる人員を置いて、万が一に備えないといけない」
図面の上に指を走らせながら、翔が作戦を組み立てていく。
「操舵できる人員、となると宮か尚だろ。オレと翔じゃ、あんなでかい船はちょっと……な」
「そね。そしたら、操舵室制圧とうちらの船の操縦を、宮と尚でシェアすることになるでしょ。で、『ヴェール海の女神号』は内廊下が左右に二本あるから……右からと左から、客を後方の広間に追いやって、広間で金品をゲット、かな」
紙片と羽ペンを引き寄せて、翔はさらさらとメモを書き付ける。部屋数と乗客名簿を照らし合わせながら、かかる時間をざっと計算する。万が一、航路警備局が駆けつけてきた場合に備えて、仕事にかかる時間はしっかり押さえておく必要があるのだ。
「部屋から客を追い出して広間に誘導しつつ、部屋の中の金品も頂かなくちゃだから……うーん……あと二人は欲しいとこね。尚は船に残るし、カルは接近戦不向きだし……」
「呼んだ?」
「うわぁっっ」
徐に背後から声をかけられて、タカは思わず飛び退いた。蹴られた椅子ががたんと音を立てて食堂の床に倒れる。翔と宮は別段驚いた風でもなく、眼帯に覆われていない方の目を真ん丸にしているタカを、面白そうに眺めている。
「な……っ」
タカが振り返れば、そこには、猫の手の形をした鍋掴みで熱々の鍋を持ったカルの姿があった。何のことはない、彼女は厨房から現れただけなのだ。必要以上に驚いた自分に気がついて、タカはばつが悪そうにそっぽを向いた。
「急に出てくんじゃねぇっ」
「そーりー」
ぶっきらぼうに呟くタカに、にへら、と適当な笑みを浮かべて、カルはこれまた適当に謝る。翔と宮が片付けたテーブルの上に、彼女は抱えていた大鍋を下ろした。
ふわりと柔らかい匂いが辺りに漂う。なんとも言えないその匂いに、空腹が刺激される。グルギュルと、誰のものとも知れぬ腹の虫が鳴いた。
当然の結果として、作戦会議は一時中断され、彼女達はいそいそと食卓を整え始めた。
「そいえば、今日の食当って尚だったんじゃね?」
「うん、そうなんだけど……今、航路警備局の無線に付ききりで大変だから交代したんだ。朝、昼、午後、夜、深夜って定時の無線を傍受してるから、ろくに眠れてないみたい。取り敢えず、尚の分は後で部屋に届けるからいいよ」
「ふーん。了解」
尚の席に並べかけていた食器を下げ、タカは早々に自分の席へと腰を下ろした。
カルが運んできた最後の一皿で、食卓の上は完全に埋まる。
瑞々しいサラダの上に、新鮮な生の魚介。脇には色の濃いタレがつけてある。その横には、香りの良いソースのかかった魚のソテー。大鍋の中身は鶏と香草のさっぱりしたスープで、薄琥珀色に澄んだスープの底には細い麺が透けて見える。
「ね、この生の魚大丈夫?」
「平気だよー。ちゃんと今日、市で捌いてもらってきたんだもん」
「ま、“あたる”としたら真っ先にカルだしね」
「……そ、うだね……」
胃の辺りを軽く押さえて、カルは苦笑いを浮かべた。胃腸が強くないという自覚はある。過去に食中りをした経験もちらほら……。それでも、生魚はカルの大好物だった。折角陸に降りているのに、新鮮なものを食べないなんて勿体無い、というのが、カルの持論である。
「気を付けてよ? カルにしたって、中られたらこの後の仕事に差し障るんだから。毒消しに、後で変わったお茶煎れてあげる」
「うぃー」
やんややんやと騒ぎながらも全員が所定の席につき、そして……
「そいでは、いただきまーす」
例の如くの食卓戦争が、今日もまた繰り広げられる……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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