=第3章=
ヴェール・ロックの市に三人が到着したのは、丁度夕飯の買い出し時であった。辺りは買い出しをする人で賑わい、威勢のいい店子の声があちこちで響いている。食欲をそそる屋台の匂いに釣られるのをなんとか我慢して、三人は先を急いだ。
目当ての店の前で、尚が足を止める。店先には色とりどりの瓶が置かれ、差し込む夕陽をうけてキラキラと輝いていた。果実酒とジャムの専門店である『銀桃館』は、ヴェール・ロックに来た時は必ず立ち寄る、彼女達の気に入りの店だった。
「紅桃酒と山藤桃のジャムください」
顔なじみの店子に注文する尚の横から、カルが口を挟む。
「あと、金杏のジャムと柘榴酒も! それじゃ尚、後よろしくー」
「あ、ちょっ、待て」
止めるより早く、カルは雑踏の中に紛れ込んでいった。銀桃館の商品は、ジャムも果実酒も丈夫なガラス瓶に入っている。もちろん、一つ一つがかなり重い。その重たい買い物を尚に押し付けて遠ざかっていく焦げ茶のカスケットに、尚は軽く悪態をついた。
「ほいよ。いつもありがとさん。おまけに白密桃のジャムもつけといたよ」
「…………ども」
愛想のいい店員のおかげでますます重くなった包みを、尚は複雑な思いで受け取った。
「宮、ちょい持たない?」
「持たないって。うちもこの後オイル缶二つもたなならんし」
「えー」
「いや、えー、ていわれても」
尚は、持って? と、可愛らしく小首を傾げてみせる。黒く丸いつぶらな瞳が、まるできらきらと何かの光線を発しているようだった。相手がそこらの青年達なら、一発で「お持ちします!」と叫びそうなものだが、宮がそんな手にのせられる訳がない。
「やめい」
笑いながら尚の肩を軽く叩き、宮は身体の向きを変えた。
「んじゃ、うちはこっちだから」
「ちぇっ」
端から持ってもらえるなどと期待していなかった癖に、尚は、けちー、と呟く。その声を笑って聞き流し、宮は雑踏の中へ消えていった。
ヴェ−ル・ロックの市場の端には、島の人間でさえ寄り付かない一角がある。脛に傷持つ輩の集まる、薄暗い界隈。そこは、『リュー・グリ』またの名を『灰色地帯』と呼ばれている。真っ当な人間なら近寄らないような、他の通りとは明らかに異質なその空間を、カルは鼻歌混じりに歩いていた。
滅多にできない尚へのちょっとした意趣返しに機嫌を良くして、カルの足取りは軽い。足取りは軽かったが、その目は抜け目なく辺りを見渡していた。その服装から、彼女はどうみても普通のお嬢さんである。当然、路地裏や道ばたから探るような視線が向けられる。しかし、世間知らずそうな彼女の外見に反して、そこには付け入る隙が全く見付けられなかった。
彼女が賞金首の空賊だとは判らないまでも、いちゃもんをつけるべき相手ではないことは、どうやら伝わったらしい。カルは滞りなく、真っすぐに目的の店へと到着した。
『戯宝館』と飾り文字の看板を掲げたその店は、灰色の壁に小さく分厚い木の扉をぴちりと閉めて、まるで来客を拒むようかのような佇まいだった。カルは数段の石段を軽やかにあがり、木の扉を押し開ける。見かけによらず、扉はすんなりとカルを迎え入れた。
ーー カランカラン……
これまた通り同様に薄暗い店内に、来客を告げるベルが申し訳程度に響いた。奥行きがあるために見た目より広い店内には、天井まで届きそうな棚がところ狭しと置かれている。そのどれもが得体の知れない古道具で埋まり、そうして大半が埃と蜘蛛の巣にまみれていた。いつ来ても、一体どういう商売をしているのか判断しかねる店内だ。
「璃審? いる?」
辛うじて通路として残された隙間を通って店の奥のカウンターへ向かうと、いつもなら荷物のどこかに埋もれて埃まみれになっている店主は、珍しくカウンターで客の相手をしていた。相手の客がカルに気づいて、軽く手を上げる。
「よぉ、久しいじゃねぇか。丁度今、お前さんらの噂をしてたとこだぜ」
「あれ、シュキナだー。珍しいねぇ」
声をかけてきた相手に軽く手を振り返して、カルはカウンターに並んだ。横に並んだカルとシュキナを見比べて、店の主人は苦笑いを浮かべる。
「凄い組み合わせだなおい」
片や、ヴェ−ル・ロックのお嬢さんという出で立ちのカル。対するもう一人は、カルより頭一つ分以上大きな体格のいい男。彼の陽に焼けた肌には、いくつもの入れ墨が刻まれている。短く刈り込まれた栗色の髪の下、左の額から頬にかけて大きな傷跡のある顔は、凄むだけでそこらの半端な賊など縮み上がるような迫力をもっていた。
「確かにな」
自分の姿とカルの格好を軽く眺めて、シュキナも苦笑した。
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