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=終章=


「狭間は、世界中に点在する地図にない領域の総称だ」

 アーヴェンが語る言葉を一言一句聞き逃さないように、五人はいつにない真剣さで食い入るように話を聞いている。その勢いは、テーブルから乗り出さんばかりだった。

「世界の各地には、一定の条件が揃わなければ開かない領域がある、と言われている。例えば、皇国の海の神殿には、潮の満ち引きによって日に一度だけ姿を現すレリーフがある。あれも、狭間の一つだ」

「気象条件が揃わないと、行くことのできない場所、てこと?」

 尚の言葉に、アーヴェンは頷く。

「それが、この世界にいったいどれだけあるのかは、わかっていない。日に一度の時もあれば、数十年に一度のものもある、と言われている。そして……」

 言葉を切って、アーヴェンは懐から一冊の手帳を取り出した。そこに挟まれた一枚の紙を取り出し、テーブルに丁寧に広げる。それは随分古び、至る所インクのにじみができた、一枚の地図。よくみれば見知った島や国があるが、その外観は随分とアバウトで、一見しただけでは、それが今も使える地図には見えない。

 そしてその地図には、至る所に様々な記号が書込まれていた。

「これが、地形や伝承、様々な情報から作った、狭間の予想地図だ」

「なっ……地図って……」

 そこに書込まれているのは、あまりに膨大な情報。一瞬、期待が胸を過る。だが、その淡い期待は簡単にアーヴェンに両断された。

「昔、暇に飽かせて作った代物だ。信憑性の程は保証しない。それに、恐らく那夜の地図は、この比じゃなくまともな代物だったはずだ。あいつは真剣だったからな」

 それでもいいなら、持っていけ。と、アーヴェンは地図を放って寄越す。翔はそれを丁寧に折り畳み、カルへと手渡した。

「……口を挟んでいいか、アーヴェン」

 少し離れた場所から、シュキナが遠慮がちに声を上げる。シュキナすら、予想外の展開に困惑しているようだった。

「狭間が実在するのはわかった。そいつを探すのは、運と根気とタイミングが重要だ。なかなか大変なこったろう。だが、いまいち解らんのは、だ……。狭間の「秘宝」てのは、なんだ? そんな自然現象みたいな場所に、一体どうやったらお宝が点在することになる」

「あ……本当だ」

 シュキナの疑問はもっともだ。ただの知的好奇心で那夜が出かけていくとも思えない。那夜が狭間に向かったのは、あくまで「狭間の秘宝」の為……

 答えを求めて、いくつもの視線がアーヴェンに問いかける。アーヴェンは冷めたお茶を一口啜り、再び重い口を開いた。

「昔、まだ航路警備局なんてものができていなかった時代に、空を駆けた偉大な空賊がいた。名前くらいは知っているか?」

「セロン・ル・ノワール。初代空賊と謳われる人だね」

 カルの答えに、アーヴェンは頷く。

「そのセロンの遺産が、狭間の秘宝だ。彼は至る所に、わざわざそこに見合うものを選んで隠したと言われている。……もっとも、今のご時世そんな宝を追うのは時間と金の無駄だ」

 アーヴェンはまた一口お茶を啜った。まるで、現実主義が服を着て歩いているような男だ。賊らしい夢もへったくれもない。

「だが、セロンの遺産をどこの馬の骨とも解らん奴らに荒らされるのは、気分が悪い。だから、この話はセロンの空賊団の流れを汲む『グッドスピード』『アクィラ』その他いくつかの空賊団の、一握りの人間しか知らない」

 自分が追う程夢追い人ではないが、他人に盗られるのはしゃくに障る。非常に分かりやすい。

 再び口を閉ざしたアーヴェンから視線を外し、五人は各々天井やら床やらに視線を投げた。考えをまとめようにも、一度に入ってきた情報の大きさに、みんな戸惑っている様子だ。難しい顔で宙を睨んでいる彼らの耳に、シュキナの嘆息が聞こえる。

「お前が散々渋っていたのがよくわかったぜ、アーヴェン。確かにこりゃ大ごとだ。狭間の秘宝がセロンの遺産だなんてのが表に出れば、有象無象の賊どもが狭間狙いにいらん騒ぎを起こしだすぞ。騒ぎになりゃ、それだけガセが増える。仕事がしにくくなる。なるほど、あまり表立って那夜を探せねぇわけだ」

「それだけじゃない。あれが伝説でなく、信憑性があると解れば……皇国軍部や航路警備局だって黙ってはいないだろう」

 アーヴェンが、しかと五人を見据えた。その色素の薄い双眸に、橙の灯りが揺らめく。

「那夜が最後に姿を見せたのは、ヒル・マイナ・ヒルの青鷺亭。三年前の新月の夜だ。今はそれだけの情報しかない。あとは、自力で狭間に関する情報を集めるしかない。それでも……」

「やる」

 言いかけたアーヴェンの言葉を遮って、翔が力強く応えた。

「……那夜が生きているという確証もないぞ」

「帰れないだけ、て可能性もある」

「ほとんど振り出しだけど、それでも進路が見えたことに変わりはないし」

 そう言う尚も、真っすぐにアーヴェンを見返す。

「ようするにオレらもその秘宝を追うしかないわけだろ」

「簡単に言うな。情報を集め、無駄足を踏むことの繰り返しだ」

 諭すようにいうアーヴェンに、宮が不敵な笑みで返す。

「それでも、可能性があるならやるっきゃないっしょ。どうせ追うなら、夢はでかくなきゃつまらん、て」

 な、と笑う宮に、四人が頷く。その様を、シュキナは呆れとも諦めともつかない顔で見遣る。

「……いつ諦めてもいいんだぞ」

 念押しのように言われたアーヴェンの言葉に、カルは苦笑気味に応えた。

「残念ながら、諦め悪いのにかけちゃ人一倍なんですよ。那夜に似てね」

 その言葉に、アーヴェンは諦めたように目を瞑る。そうして一つ息を吐くと、彼は再びその灰色の双眸を開いた。そこには、先程までの不健康そうな印象ではなく、覚悟を決めたもの特有の力強い意志の光があった。

「情報を得るにも、世界を駆け回るにも、その間食いつなぐにも、必要なのは金だ」

 身も蓋もなく、アーヴェンは断言する。

「お前達が自活し、なおかつ那夜探しに裂くだけの資金があるのかが一番気にかかっていた。だが、今回の手並みを見るに、その心配は必要ないらしいからな。これ以上は止める権利がない。残念ながら今は貸せる程の力もないが……何か解ったことがあれば、必ず連絡すると約束しよう」

「それは心強い」

 嫌味ではなく本心から、宮が言う。

 その言葉を合図にしたように、五人は揃って席を立った。

「んじゃまずは、ヒル・マイナ・ヒルに飛んでみるか」

 ぐっと背を伸ばして、タカは軽い調子で言った。

「そうだね。まずはヒル・マイナで情報集めだ」

 応えるカルも飄々と。だがその手はしっかり、アーヴェンの地図を握っている。

 持ち前の明るさと芯の強さで、彼らは更に前に進もうとしている。諦めや絶望なんてものはどこ吹く風。手掛かりがあるなら賭けるだけ。その心意気を見て取って、シュキナは眩しそうに目を細めた。

「んじゃ、行くか」

 軽い調子で宮が言う。それに続くように口々に礼を言い、彼らは薄暗い小屋の戸口を開いた。

 

 その先に続く、彼らのたどるべき道はきっと、恐ろしく長い。

 それでも、彼らは迷うことなく歩き出す。

 例え僅かでも、そこには確かに望みがあるのだから……

 

 

 彼らの長い道のりは、まだ、始まったばかり……。

 

- 了 -

   

 

 

 

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