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=第1章=


 着陸の振動を感じて、カルは作り付けのデスクから視線をあげた。一瞬遅れて、伝声管から宮の声が響く。

『着陸。全員食堂集合』

 ぱたぱたと手元の帳簿を閉じ、手にしていたルビーを丁寧に箱へと戻すと、カルは足早に部屋の外へと向かった。

「うわっ。いきなり出てくんなよ」

「わー。ごめんタカ、大丈夫?」

 勢い良くドアを開けたところで鉢合わせたのは、金茶の髪をした少年……のような形の少女だった。左目は眼帯に覆われ、ただでさえ男のような形の彼女にますます博を付けている。

「あー。まぁぶつかってないから平気だけど、気ぃつけろよな」

 言いながら、タカはカルの前を横切って食堂へと向かう。

「うん。ごめん」

 素直に謝って、カルはタカの後に続いた。

 上空での風が嘘の様に、外は穏やかだった。飛行船を取り巻く鬱蒼とした森は、ほのかに色づき始めている。暑い盛りを過ぎたヴェール・ロックの風が、肌に心地よかった。

 

 食堂の扉を開けると、中には既に翔と宮、そしてもう一人の先客があった。

「遅い」

 翔と同様、肩を少し過ぎる黒髪を無造作に後ろで束ねている彼女は、そう言ってタカとカルを軽く睨んだ。

「ごめんごめん」

 適当に謝りながら、カルは尚の隣の椅子を引き寄せて腰を下ろす。

「カルとタカもお茶飲むでしょ?」

 言いながら、翔は既に二つのカップにお茶を注いでいた。外も随分涼しい季節となったので、カップに入るのは身体を温めるハーブティーだ。すっかり顔色が良くなったノノとまでは言えないものの、先程よりは格段に顔色のよくなった翔をみて、カルは一先ず安堵の笑みを浮かべた。

「ん。元気そうでよかったー。復活ですな」

「何が?」

 カルの笑みの先を視線で追って、尚は首を傾げた。視線の先の翔が、軽く肩を竦めて答える。

「んー。ちょっとねー。那夜が夢に出てきてさ。それが最後に出かける時の後ろ姿だったもんだから、寝起きがねー」

 あぁ、と呟いて、尚は眉を顰めた。

 那夜、それは、かの有名な大空賊団『グッドスピード』をまとめる頭領の名だ。女だてらに荒くれ男達をとりまとめ、数ある空賊団の中でも最速を誇る飛行船、『琅碧号』で空を駆ける。彼女の空賊団では、猛者達の他に女も子供もそれぞれの仕事を持っており、そのアジトはさながら集落の様相を呈していた。痩身を黒衣に包み、珍しい夕闇色の眸をもつ、賊の中では知らぬもののいない『グッドスピード』の頭領・那夜。

 しかし現在、彼女の行方は杳として知れない。そればかりか、彼女の率いる『グッドスピード』が『琅碧号』ともども消息を絶ってから、既に三年の月日が経とうとしていた。もちろん、この三年の間残された『グッドスピード』の面々は方々手を尽くして那夜達を探した。

 けれど結局、手がかり一つ得られないまま今に至る。

 食堂にすとんと落ちた沈黙を払うように、尚は軽く手を振った。

「空気が重いっ。さっさと買い出し決めて出かけようよ。こんなんじゃ陽が暮れる」

 そう言って、彼女は手近のメモと羽ペンを引き寄せる。何事かを書き付けた用紙が、全部で四枚。各々を半分の半分に畳み、尚はそれをテーブルの上に放った。

「食料買い出しと、日用品買い出しと、留守番二人。カルは『戯宝館』だろ?」

 くじに伸しかけたカルの手を、ぺしりと尚がはじく。

「あ、そか。そうだよね。なんでだろう、損した気分」

 皆がくじを手に取るのを眺めて、カルは悔しそうに呟いた。くじを引いてそれを開ける時のわくわく感というのは、例えそれがただの買い出し決めでも、街起こしのくじ引き大会でも、変わらない。下らないことだが、買い出し決めのくじ引きが、なんとなく羨ましく思えてしまうカルである。

 四人が各々くじを掴んだところで、せーのでそれが開けられた。

「げっ。オレ留守番かよ……」

 市場に行きたかった、とぼやきながら、タカは椅子の背に背中を預けて天井を仰いだ。テーブルの対角線では、尚が「食料」のくじをひらひらさせながら笑っている。

「うらやましいだろぅ」

「うるせぇ。そんかし尚、銀桃館の山藤桃のジャム、忘れんなよ」

 はいはい。と適当に受け流しながら、尚は立ち上がった。

「うち日用品だわ。なんか買ってくるもんある?」

 食堂を見回す宮に、思い思いの品が要求される。

「あー……ちょいまち。メモメモ……革紐と、ペンチと、インク…インク…と。あと、飛行船の燃料か。二缶くらいでいい? てか、それ以上持てん」

「そんだけありゃ取り敢えず大丈夫だろ」

 タカのOKを貰い、宮も頷いて立ち上がる。宮と尚、そして自分の分の三つのカップを厨房に片付けていたカルが戻ってきたところで、三人は食堂の出口へと向きを変えた。と、そこに……

「ストッ−プ。まさかそのまま出かけないでよ」

 きた、と三人は顔を見合わせ、振り返る。そこには、朝の体長の悪さなど何処へやら、満面の笑みの翔が立っていた。

   

 

 

 

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