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=第2章=


 後ろから、三人のついてくる気配がある。さり気なく振り返り、カルは尚と視線を交わした。尚が頷き返す。あちらも、翔が店を飛び出した理由に気づいたらしい。ほっと息を吐き、カルは翔の背を追いかけた。

「シュキナも面倒なことするよ。初めから使いをやるって言えっての」

 足早な翔とカルを目で追いながら、宮達はやや速度を落とす。翔の頭を見失わないようなぎりぎりの距離を保って、くだらない世間話をしながら、彼らは歩いた。

「翔がいきなり動くから、ちょい焦った。しかも迎えは犬だし」

 軽いため息を吐いて、宮が愚痴る。その横で、僅かに後ろを振り向いた尚が声を落とした。

「多分、尾行はないと思う。航路警備局を警戒したわけじゃなさそうだ」

 尚の言葉に、タカと宮は黙って頷いた。

 この期に及んで、航路警備局の警備部隊に捕まるわけにはいかなかった。普段なら仕事のあとは他国へ高飛びし、落ち着くまでは戻らない彼らだ。こんな緊張を強いられるのも初めてで、勝手が分からない。

 彼らは何食わぬ顔で、尾行を警戒しながら歩を進めた。

 

 裏道に入った犬を追いかけて辿り着いたのは、ヴェール・ロックの街の外れ。寂れた小さな港の一角だった。

 乗るもののいない打ち捨てられた漁船が、点々と置かれている。宮達が辿り着いた時には、既に翔とカルの姿はなく、ただ一艘波間に漂う小さな船の前で、先程の犬がはたはたと尾を振っていた。

「……船かよ……」

 げんなりした様子で呟くタカを尻目に、宮と尚は辺りに鋭く視線を走らせ、足早に船へと向かった。

 

 三人が乗り込むと同時に、船は港を離れた。岸壁から離れる小舟に白い犬が飛び乗ると、船は一気にスピードを上げる。外観からは考えられない早さに、タカが浮き足立つ。

「すげぇ、こいつ。G-4式のエンジン積んでやがる」

「お、わかるか。さすがぁ今をときめく空賊ってか」

 応えたのは、白髪混じりの老人だった。よく日に焼けた肌と、服の上からもわかる鍛え抜かれた体つきが、ただの老人でないことを物語っている。

「船長の言う通り、なかなか見所のあるやつらじゃねぇか。べっぴんさんばっか乗ってきたときゃぁ、さすがにたまげたがなぁ」

 そう言って、老人は大きな口を開けて豪快に笑った。

「俺ぁガンズだ。船長の指示であんたらを迎えにきた。こっから“狐島”まで、一気に飛ばすぜ」

「狐島? あんなのほとんど岩の塊じゃない」

 目的地として告げられた島の形を思い浮かべて、翔は眉根を寄せた。狐島は、天に向かって啼く狐の形をした、大きな岩の塊だ。大きな岩が海面からせり出している以外、何もない。

 怪訝そうな表情を浮かべる五人を、ガンズは豪快に笑い飛ばした。

「まぁ、つきゃぁわかるってな」

 ガンズがにっ、と笑い、船は更に加速する。若干船酔い気味のカルを置き去りに、残る四人は外に乗り出した。滅多に味わうことのない波を滑る感覚に、四人の間から歓声が漏れる。

「うぉー冷てー」

「翔、翔、魚だ魚」

 銀色に輝く波間を割って、魚の群れが飛び撥ねた。その様子を、タカと尚は目をキラキラさせて眺めている。呼ばれた当の翔は、船酔いに喘ぐカルの介抱に忙しい。

「落ちるなよ」

 宮は代わりにそう応えると、遠く進行方向の空を見遣る。まばゆい陽光が差し込み、彼女は思わず目を眇めた。

 遠くに、切り立つ岩が姿を現す。空に向かって大きく伸び上がる狐。

 彼らを乗せた船は、一直線にその足下へと近づいていった。

 

 空に向かって吠える大きな狐の足下には、小さな裂け目が無数に走っていた。長い年月をかけて、潮の満ち引きが作り出した天然の洞だ。その中の一つ、丁度狐が揃えた前足の間に、船は吸い込まれるように入っていく。

「すご……。こんな狭いとこよく入るな」

 ガンズに渡されたランタンを片手に、宮は感心顔で行く手を照らす。まだ陽も高いというのに、洞の中は薄暗かった。

「ここぁな、潮の流れが変わってる上に、でこぼことまぁ、上からも下からも岩がせり出してやがってな。小さい船だから通れるってわけでもねぇんだよ」

 空からじゃ停まる場所もねぇしな、といってガンズはにっと笑う。

「天然の要塞ってわけね」

「いやぁ、あんまり狭いんで、俺らも滅多にこねぇとこよ。シュキナ率いる海賊団は、とても収まんねぇ。本船の『レヴィアタン号』も潜水艇だからな、ここにゃ寄れねぇ。縄張りの中にあるってだけで、使いようがねぇんだな」

 じゃあ何故ここに連れてこられたのか……。いまいち飲み込めない現状に、宮と翔はちらりと視線を交わして肩を竦めた。

 前方に灯りが見える。船はその灯りを頼りに進み、小さな小屋の前で止まった。

 薄暗い洞の中に建つ、小さな小屋。中から明かりが漏れているので、辛うじてその輪郭が知れる。なんとも陰気な雰囲気だ。

「船長、客人を連れてきましたぜ」

 ガンズが上げた声が、狭い洞の中にこだまする。ぎぃっと立て付けの悪い音がして、彼らの前の扉が開かれた。まるで肝試しのようだ。

 陰気な小屋の扉が開き、中からランタンの明かりが差し出された。明かりに照らされ顔を出したのは、全身に細かな入れ墨を施した体躯の大きな男だった。短く刈り込まれた栗色の髪の下、左の額から頬にかけて大きな傷跡のある顔が、彼女たちをみて笑みを浮かべる。

「よぉ、きたか」

「きたか、じゃないよ。こっちは船酔いだ……」

 げっそりと疲れきった顔のカルが、真っ先に船から降ろされた。その蒼白な顔をみて、シュキナはだらしがねぇなぁ、と笑う。

「仕方ねぇだろ、ここは飛行船じゃこられねぇんだから。ま、取り敢えず話は中だ。ガンズ、ありがとよ」

 ガンズは深く頭を下げて、船に戻っていく。彼は話には立ち会わないようだ。口々にガンズに礼をいい、彼女たちはシュキナのあとに続いた。

   

 

 

 

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