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=第1章=

 歓声が弾け、エールの泡が飛ぶ。香草やソースの香りが空腹を刺激し、魚の焼ける芳ばしい匂いが辺りを満たす。賑わう酒屋の一角で、彼らは運ばれてきた料理に舌鼓を打っていた。

「んー、やっぱヴェールはシーフードだよねぇ。あ、すいませーん、白太刀魚のソテー追加で」

 元気よく手を振って追加注文をした彼女は、ウェーブの強い癖っ毛の上に、小振りのストローハットをちょこんとのせている。ボレロ風のカーディガンに、青い涼しげなワンピース。初夏の草原にでもいそうな格好の少女が、酒屋で料理を次々平らげていくさまは異様この上ない。

「ちょっと、カル。悪目立ちするからがっつかないでよ」

 溜息混じりに嗜める相手は、濃紺のロングスカートに生成りのブラウス姿。肩を過ぎるストレートの黒髪を、これまた濃紺のリボンでまとめている。切れ長の黒い眸が印象的な美人だ。野菜と魚介たっぷりの炊き込みご飯を早々に空にして、今はゆったりと食後のお茶を楽しんでいる。

 傍目には、街のちょっといいとこのお嬢さんに見える二人。その中身が、現在手配中の世を騒がす空賊だとは、誰も思うまい。

「折角目立たないようなメンツで来てるんだから、少しは気ぃ使いなさい」

「はーい」

 返事だけはいいカルである。答えるだけ答え、手は早くも出てきたばかりの白太刀魚に伸びる。

「あっつ……」

「ほら、気を付けなさい。猫舌」

 翔の差し出した水を飲んで、カルはふぅっと息を吐いた。

 そんな様を、離れたテーブルで見守る三人がいる。

「何やってんだよ、カル」

「猫舌のくせに熱々の魚に食い付いたとみた」

「ばーか」

 三者三様のコメントとともに、手元の果実酒を煽る。流しの音楽一座のような出で立ちで、各々楽器を抱えた三人組だった。

 薄青と黒のワンピースに細身の長身を包み、艶やかな黒髪を肩まで垂らした美人が一人、小柄な弦楽器のケースをテーブルの脇に置いてグラスを傾けている。

 その隣には、日に焼けた肌を惜しげもなく晒した快活な印象の少女が座り、身体に似合わぬ大きな楽器のケースを抱え、気のない様子で辺りを眺めていた。袖のない緋色の服と色の濃い黒い髪が好対照で、クールな黒い眸が少年のような魅力を醸し出している。

 正面でひたすらグラスを干しているのは、金茶の髪が目を引く少女。目深に被ったつばありの帽子の所為で、顔が隠れてしまっている。彼女は打楽器風のケースを傍らに置き、帽子とそろいのカーキの半袖ブラウスに白い裾広がりのズボン姿で、行儀悪く椅子の上に足を組んで座っていた。

 知らぬ人が見れば、旅回りの音楽一座だ。やや少年らしい容姿も、他人を寄せ付けない雰囲気も、女ばかりの旅一座なら不自然ではない。

 もっとも、その実体は離れたテーブルの二人と同じく、世を賑わす空賊なのだが、そんなことは周囲の人間の知るところではなかった。

「それにしても、遅ぇよシュキナ」

 はふはふ、と熱々のソテーを頬張るカルを遠目に見遣り、タカが不満を言う。

「まったくだ」

 その不満に同意して、尚はタカの前から果実酒のボトルを取り上げた。

「あ、こら尚! 人のもん飲むなっ」

「細かいことは気にしない、気にしない」

「しろよ!」

 やいやいと元気のいいテーブルに、ちらりと翔が視線を投げる。

 何となく冷たい視線を感じ、タカと尚は潮が引くように大人しくなった。その様子を、宮は他人事として苦笑しながら眺めている。宮と一瞬だけ視線があって、翔は自分のテーブルに目を戻した。

「あっち、ちょっと煩すぎない?」

「大丈夫じゃないかな。あの格好なら」

 視線を向けることはせず、相変わらず魚と格闘しながらカルが答える。

 だといいけど、と呟き、翔は店の戸口に視線を投げた。待ち人の姿はまだ現れない。

「那夜の手掛かりて、どう思う?」

「正直、期待薄。三年も経ってるしね……」

 たっぷりの香草をソテーに絡め、カルはそれを口に運ぶ。先程より幾分鋭くなった眼差しに、翔は黙って頷きを返した。

 三年前、何か大きな獲物を追っていったまま帰らなかった頭領・那夜、そして、空賊団『グッドスピード』……。その手掛かりを知る人物がいる、という情報を得たのが十日前。その人物から出された「腕試し」の仕事をこなし、航路警備局の非常線が緩和されるのを待って、ようやくヴェール・ロックに戻ってきた彼女たちである。

 今日は、その人物との仲介役に会う約束の日。勿論、翔お得意の「女装」ならぬ「変装」をしてである。

 だが、ここで待てと指定してきた相手はまったく姿を見せない。

「はふー。ごちそうさまでした」

「カル、口にソースついてる」

 翔に指摘されて、カルは慌てて口元を拭う。そんな少しばかり抜けている相棒を横目に、翔は頬杖をついて戸口を伺っていた。その彼女が、不意に眼光鋭く立ち上がる。

「なに? どしたの? 翔?」

 肩掛け鞄から小銭を出してテーブルに奥と、翔は足早に戸口に向かった。状況が飲み込めないままに、カルがあとに続く。

「しょー?」

「急ぐよ」

 不自然でない程度に、走らない程度に、翔はかつかつと歩いていく。その視線は、鋭く前方を見据えていた。彼女の視線の先にいるのは……一匹の白い犬。白というよりはやや薄汚れ、ふさりとした毛並みは野良特有の雰囲気をもっている。大きな耳は顔の横に垂れ、片方だけが少しばかり持ち上がっていた。体つきが大きく、道ゆく人々が驚いたように両脇に避ける。割れた人波から、カルはその犬の背を見いだした。

「あれは、シュキナの……」

 カルの視線も自然と鋭くなる。剣呑な空気を出さないように、意識して穏やかな表情を装いながら、二人は一定の距離を保って犬を追った。

   

 

 

 

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