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=第9章=

 二機の飛行船を繋いでいた頼りないロープの一端が切られ、はらりとロープが垂れ下がる。

「おーし。お疲れさん。さっさと引き上げて飯でも食おうぜ」

 ロープを切ったナイフをしまい、タカは大きく伸びをした。彼らの飛行船は全速で飛行を始め、『ヴェール海の女神号』は少しづつ後ろへ遠ざかっていく。

「尚、このまま全速飛行。一旦アルシペルの“鳥の巣”行って、落ち着いたらヴェール・ロックに戻ってこよう」

『OK』

 伝声管越しに尚の声が聞こえ、彼らの飛行船はやや右寄りに進路を変えた。

「思いのほか順調だったねぇ。航路警備局も間に合わなかったみたいだし」

「そら、航路警備局の周回ルートから一番遠い場所、選んで襲撃してんだから。通報受けてからじゃ、奴らの船足で追いつけるわけないっしょ」

 首元までゴーグルを引き下げて、宮はにっと笑った。仕事が一段落ついて、自然と笑みが漏れる。

「それもそうだねぇ。今回は珍しく、計画立てるのに神経使ったしねー」

 いつもの行き当たりばったりな仕事を思いだし、カルは苦笑を浮かべた。普段の適当さに比べれば、今回は随分と周到に計画を立てた方だと言える。航路警備局の周回ルート、周回時間の計算、『ヴェール海の女神号』の航路とポイント通過予定時間の計算、そして、もっとも効率のいい襲撃地点の割り出し……。実に七日近い準備期間を費やし、計画を練ったのだ。航路警備局とかち合うこともなく、その所為で翔や宮は少し物足りないようだったけれど、無事に仕事が済んだのも計画的犯行の賜物といえる。

「普段からこのくらい計画的だと、ばたばたしなくていいんだけどなぁ」

「それじゃつまんねーじゃん」

 タカの即答に、カルは乾いた笑いを返した。

「おかしいなぁ。那夜はもう少し計画的な人だったのに……」

 ぼやくカルの背を、翔が軽く叩く。

「“だった”とか言わないの。取り敢えず、さっさと品物に値段つけちゃって。ほとぼりが冷めたら璃審のとこいって、アーヴェンとかいうやつに繋いでもらわなきゃなんだから」

「ほーい」

 カルに布袋を渡し、翔とタカは軽く伸びをする。彼女達がそれぞれの部屋に散らばろうと一歩を踏み出した、まさにその瞬間、飛行船の船首から緊迫した宮の声が響いた。

「前方に機影っ。あれは……コンドル?!」

「何ッ?!」

 カルを壁際に押し退け、翔とタカは船首に走る。宮のいる場所からは、確かに複数の機影が確認できた。彼らの飛行船の左前方から近づいてくる、黒い機体。大きさは二、三人乗るのが精一杯の小型艇だが、その数が五……いや、七機はいる。ほとんど点にしか見えないそれを、タカは目を眇めて伺い見る。

「黒一色の機体に、あの鋭角の翼……間違いない。コンドルだっ」

「だけど……それじゃあうちらの退路まで読まれてたってこと?」

 蒼白になるタカの横で、翔は信じられないとでも言いたげに、食い入る様に機影を睨んだ。

 彼らが先程襲撃したばかりの『ヴェール海の女神号』は、確かに航路警備局に通報しただろう。だが、例えどんな緊急連絡をしたとしても、ここに現れるのは航路警備局の警備部隊であるはずだ。

 航路警備局、対空賊戦闘部隊―通称・コンドル―

 それは、本来こんなところで遭遇するものではない。彼らは空賊を根絶やしにするために組織された、戦闘部隊。空賊の本拠地を襲撃して検挙する、大物の空賊団を待ち伏せて検挙する……そんな、大捕り物にだけ出動してくる部隊のはず。彼らが目的もなく、あれだけの隊列を組んで飛行しているなんてことは、まずあり得ない。

 つまり……

 次の瞬間、彼らは同じ結論に辿り着く。そして、思わず顔を見合わせた。

「アーヴェンッ!!」

「ちくしょう、はめやがったっ」

 欄干を離れ、矢のような勢いで宮は操舵室に駆け込む。

「尚ッ、操縦代われ! 全速で振り切るッ!」

 操舵室に宮が飛び込んですぐに、彼らの飛行船は大きく進路を変えた。面舵一杯に舵を切り、迫り来る機影に背を向ける。

「翔! 風は?」

「追い風! ただ、奴らにとっても追い風だから……このままじゃ追いつかれる」

 一気に緊迫した操舵室に、ふらふらのカルが入ってきた。急激な面舵に身体がついていかなくて、壁に思い切りぶつかったらしい。フレームの歪んだ眼鏡を鼻の上に押しやり、カルは航路図をテーブルに広げた。

「ここからじゃ“鳥の巣”まで逃げ切れないよ。小型艇と本船に別れて、小型艇であいつら引きはがそう。ここから一番近いのは、ヴェール・ロックの土手っ腹、“乱風の砦”だね。本船は一直線に“乱風の砦”へ。小型艇は撃ち落とせるだけ撃ち落として、いけるとこまで。どう?」

 尚が盛大に舌打ちし、肩を過ぎる黒髪を後ろで括り直した。

「あぁもう、面倒くさいっ。腕試しとか言って、そこまでやるか? 宮、本船任せた」

「了解。カル、タカ、ありったけ弾持ってけ。翔、ナビ頼む」

 尚に続いて、タカ、カルが操舵室を飛び出していく。翔は真っ青なバンダナをきつく締め直し、鋭い視線を前方へと向けた。

 ヴェール・ロックの“乱風の砦”は、『グッドスピード』時代の隠れ家の一つだ。その名の通り、乱気流で有名なヴェール・ロックの中でも特に気流の激しい一角で、余程風の流れを熟知した飛行船乗りでも、そこを通ることは避けたがる。

 そんな難所に位置する“乱風の砦”は、余程のことがない限り使われることのない、それこそ最後の手段とも言える隠れ家である。

「宮、ヴェール・ロックまでは?」

「全速前進で、日が傾くまでには」

「OK。暮れる前には気流をぬけないと……」

 翔の言葉に、宮は険しい顔で頷いた。

 ヴェールの峰は、前方に霞んで見える距離。コンドルに追いつかれる前に、なんとしても乱気流を越えなくてはならない。

「……機体が軽くなった。第二エンジンを全開! 浮き袋の中身を半量に減らす」

「OK!」

 姿は見えないが、恐らく尚の操縦する小型艇が後方のコンドル向けて飛び出していったに違いない。微妙な機体の変化を感じ、宮は操舵盤を操作する。

 船足が一段加速した。

 エンジンが限界を振り切って、計器の針は赤の危険域に突入する。加えて、飛行船の浮力の一つである“浮き袋”の中の気体を排出し、上への浮力を前への推進力に変える。機体が沈み込むが、構っている余裕はない。

 宮はぎりぎりのバランスで、飛行船の限界速度を維持し続けた。

   

 

 

 

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