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=第5章=


 − カンカンカンカンッ カンッ

 闇から白へ、白から青へと、空がその色を変える時分。色付き始めたヴェ−ル・ロックの森に、タカの振う金槌の音が響く。欄干から身を乗り出して、カルは船底部にタカを発見した。着陸しているため、普段なら命綱を付けてぶら下がっているタカも、地に足を付けて作業をしている。タカは忙しなく動き回っては、腰から下げた鞄から何かを取り出し、船底部へと打ち付けていた。

「タカー。何か手伝おうかー?」

 頭上から振ってきた声に、タカは手をとめて上を仰ぎ見る。緑色のソフト帽を被ったカルが、欄干から身を乗り出して手を振っていた。

「おー。んじゃオレの部屋から一番でかいスパナ持ってきてくれー」

 了解、と短く答えて、カルの姿が消える。タカは腰の鞄を探り、いくつかの釘をつかみ出した。一本を残して口に加え、飛行船に向き直る。再び、リズミカルな音がヴェ−ルの森へと響き始めた。

「朝っぱらから何してんだよ。あいつは」

 部屋の真下で金槌を振っているらしいタカに、尚は後ろ手に扉を閉めながら軽く毒づいた。二つ隣のタカの部屋からカルが姿を現し、尚に気付いて軽く手をあげる。

「お早う。……目の下に隈できてるよ?」

「知ってる」

 近付いてくるカルに、尚は無造作にしまった紙片をポケットから引っ張りだして渡す。怪訝な顔でそれを受け取り、カルはざっと目を通した。

「……わーお……待ってました。さすが尚」

 手渡された紙片には、今回の標的である『ヴェ−ル海の女神号』の入港、出港日時が書かれている。『ヴェール海の女神号』は上流階級者向けの飛行客船で、ヴェール・ロックには給油のためにしか立ち寄らない。巷の情報では正確な出入港の日時がわからず、尚のこの情報を待っていたのだ。

「よかったね。一週間寝ずの番にならないで。お疲れさま」

「まったくだ」

 尚は顔にかかる細い黒髪を両手で掻き上げた。

 カルと翔が持ってきた前情報には、『ヴェール海の女神号』が次にヴェールに入港するのに二週間はかからないだろう、というものがあった。真偽のほどはやや疑わしかったが……。尚の体力が限界を迎える前に情報が得られたのは、大仕事の出だしとしてはいい滑り出しだと言えなくもない。

 ふふん、と自慢げに尚が笑った。

「もっと褒めるといいよ」

 尚はカルより背が高いので、自然とカルは見下ろされる格好になる。この大きな態度が尚らしいと言えばそうなのだが、カルは苦笑するしかない。

「はいはい。超偉い。いやマジで。……て、えー、なんでー褒めてるのにー」

 適当に相槌を打って済まそうとしたカルは、尚に帽子のつばを掴まれてじたばたともがいた。

「心がこもってない」

「……尚にそれ言われてもなぁ……あー、ごめんなさい〜。本当に凄いです〜」

 漸く解放された帽子の形を直して、カルはそれをきちんと被り直した。カルをいじめて気が晴れたのか、尚は欄干に肘をついてタカを見下ろしている。

「こんな朝早くから騒音立てるなよ。安眠妨害だぞ」

 苦々しく言う尚の横に並んで、カルは苦笑した。

「ははは。そりゃ仕方ないよ。今回の襲撃には小型艇じゃなくて本船で行くことになったから、外層補強とか色々するんだって」

「はぁ? 本船で? ……あー、人手不足か。無茶すんなぁ」

 一人で納得し、尚は欠伸をかみ殺す。その横に並んで、カルは相変わらず元気に金槌を振うタカに声をかける。

「タカー。これでいいのー?」

 カルは、手にした大きなスパナをぶんぶんと振り回す。下のタカは、目を眇めてそれを見上げ、おぅ、と短く答えた。タカに直撃しないように、彼女の少し脇をめがけてカルがスパナを放る。大きく重い金属の塊は、綺麗な放物線を描いて地面に到達した。

「サンキュ」

「ほーい」

 作業に戻るタカを眺めながら、尚は小さく溜め息をついた。怪訝そうにカルが振りかえる。

「いい加減修理じゃなくて、新しい船欲しいよなぁ」

 欄干に肘をついて、尚は髪をかきあげた。黒く細い真っすぐな髪は、掻き上げた側からはらはらと顔にかかり、尚の視界の邪魔をする。

「そう? まだまだ働けるよー、この子は。確かに、ぼろ船修理して作った子だから所々あれだけど……。タカは柄に似合わずマメに面倒見てるし、船の寿命としては全然余裕だよ」

「んー」

 髪を掻き上げるのは諦めて、尚は気のない様子で返事をする。恐らく眠すぎて、思考が会話に追いついていないのだろう。

「……強いて言えば」

 尚からタカに視線を戻し、カルはその緑がかった黒い双眸を僅かに細めた。顔だけをカルの方に向けて、尚が器用に片眉を上げてみせる。

「この船の“名前”だけは、もうちょいなんとかしてあげたいけどねぇ」

 あまりの長さに……いや、それ以外にも理由はあるのだけども……誰も呼ばない正式名称がこの船にはある。名付け親のタカでさえ、最近は面倒なのか、単に「船」とか「こいつ」とか呼ぶ始末だ。その微妙なセンスの名前を頭に思い浮かべて、尚は軽く口元を歪めた。

「……同感」

 頭上でそんな会話がなされているとはつゆ知らず、船の名付け親であるタカは、彼女達の足下で忙しく金槌を振るっている。

 − カンカンカンカンッ カンカンカンッ

 穏やかなヴェールの森に、タカの振るう金槌の音だけが響いていた。

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

   

 

 

 

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