色鮮やかに咲き誇る、大輪の華々。
深紅のサテンに揺れる真珠。可愛らしいサーモンピンクに、銀糸の散った艶やかな黒。
美を競う華たちは、きらびやかな光の中で、くるくるくるりと廻っている。
思い思いに着飾って、楽しそうにはしゃぎながら、揃って伺うただ一点。
視線の中心にいるその男は、数多の華たちに囲まれてにこやかに立っていた。 今日の主役デルフェルト・ダン・ラシニア。見事な金髪をきちりと撫で付け、淡い紫の双眸で客たちに笑顔を振りまいている。黒に銀糸を鏤めた式典用の軍服が、均整のとれた長身の体躯をいっそう引き立てる。見るもの全てを虜にする、美しい青年。時折身振りを交えながら話す彼の周りには、いつも笑い声が弾ける。
今日は王族に連なる彼の、誕生祝いと昇進祝い。二つの祝い事が重なって、宴はいつにない華やかさをみせている。
咲き乱れる華たちは、彼と踊る栄誉を勝ち取るために美を競う。
大きく開いた襟口から垣間見える、磁器のように白い肌。鎖骨にかかてきらりと輝くダイヤにルビー。ふんわり広がる藤色のドレスに、色とりどりのレースとリボン。そこかしこでざわめく華は、まさに百花繚乱。
その賑々しいホールを退屈そうに眺めて、イゼルはふっと息を吐いた。
「踊らないのか?」
不意に横からかかった言葉に、イゼルは驚いて片眉を上げる。振り返れば、イゼルと同様壁に背を預けた男が、グラスを傾けてこちらに笑みを向けていた。
「この格好で誰と踊れと」
式典用の黒い軍服を示すように、イゼルは軽く腕を広げてみせた。宴に集う若い男たちは皆、イゼルや今日の主役のデルフェルトのように、黒い軍服に身を包んでいる。相手の男は、自分と同じ軍服にちらりと目をやって、小さく肩を竦めた。
「ま、確かに。それで軍服の野郎どもと踊るのはちょっとな……どうせならその辺の華を抱えて踊ったらどうだ? 案外モテるかもしれないぞ」
「よしてくれ。これ以上目立つのは勘弁だ」
切れ長の眸を不機嫌そうに眇めて、イゼルは小さく首を振った。
今日の主役、デルフェルト・ダン・ラシニアは、現王家に連なる成人男性の中で唯一未婚の青年である。それ故に、彼に憧れる娘は多く、彼とひいては王家と婚姻関係を結ぼうという老獪たちも、こぞって彼の周りに群がる。
そんなデルフェルトに、現在もっとも近しい女性……それが、国軍第一実動部隊副指揮官の、イゼル・マーデ。己の腕と才覚だけで軍部の中枢にのし上がった、平民上がりの女性指揮官であった。彼女の実力は、彼女自身が勝ち得たその地位をみるに明らかで、第一実動部隊指揮官のデルフェルトの信頼も厚い。軍部の若手たちは、みな彼女の実力に一目置いていた。
けれど、突出した才能を持つ人間は、それだけ妬みの的となるもの。まして彼女は女性であり、王家唯一の未婚の王子と常に行動をともにしているのだ。軍部のみならず、ありとあらゆる人間からの妬み、嫌がらせ、陰に顰められた誹謗中傷の嵐に晒されるのが常であった。
もっとも、そんな事を気にする程やわな彼女ではなかったが。ただ一つ文句をつけられるとすれば……、そう思って顔を上げたイゼルの目に、人込みを離れてこちらにやってくる厄の元凶の姿が映った。お客に向ける爽やかな笑みとは対照的に、紫の眸を少し悪戯っぽく細めて、彼はイゼルの前に立つ。
「何だ、お前。上官の誕生祝い兼昇進祝いに、そんな色気のない格好でくるやつがあるか。よりどりみどりドレスを届けてやったろ? すぐ着替えてこい」
「……断る。私は軍人だ。祝い事に軍服で来て何が悪い」
彼がそばに来ただけで、まとわりつく視線の種類が変化する。デルフェルトに向けられる憧憬や賞讃の視線と、イゼルに向けられる嫉妬や憎悪の類いの視線。それに単純な好奇心。そのどれもに辟易して、イゼルは眉間に皺を寄せた。
漆黒の筆を走らせたような切れ長の眸や、黒髪に映える白い肌も相まって、不機嫌な彼女は氷のような印象を漂わせる。そのきりりとした美しさに周りの女たちが嫉妬するのだなどと、彼女が気づくはずもなく……。彼女はただただ、公の場でわざと構ってくるデルフェルトが、全ての元凶だと思っているのだ。
「機嫌悪いな」
デルフェルトから視線を外し、イゼルは興味なさそうに眸を伏せる。
「こういう豪奢なことは趣味に合わない」
「そういうなよ」
ふっと息を吐いて、デルフェルトは苦笑ともとれる笑みを浮かべた。
「わかった。着飾ってこいとは言わない。せめて何かドレスを着てこい。その格好じゃ踊る事もできないだろ」
「踊らないから困らないさ」
「俺が困る」
訝し気にイゼルが視線をあげる。彼女の目線よりやや上で、紫の双眸は柔らかく笑んでいる。その笑みを真っ向から見つめて、イゼルはふと口の端を持ち上げた。おどけた調子の声が、笑みを含んで喉からこぼれる。
「踊る? 私と? 何を血迷ってるんだ、指揮官どの」
今まで一度も、公の場でダンスの相手に選ばれた事などなかった。それはきっと、いたずらに彼女への嫉妬心を煽らないための、デルフェルトの配慮。友人として、部下として、長く付き合っていればそのくらいの事はわかってくる。
それが、ここにきて今更ダンスを申し込まれるとは……。彼の真意を知ろうと、イゼルはデルフェルトの紫の双眸をじっとみつめた。彼の双眸は真摯で、真っすぐにイゼルの眸をみつめ返す。
「この先、」
ゆっくりと、はっきりと、デルフェルトが言葉を紡ぐ。
「どんな火の粉や厄や、君に降り掛かるもの全てから君を守ると誓おう。もう、誰にも何も言わさない。だから……踊ってくれるか、イゼル・マーデ」
真っすぐな紫の双眸を見返すイゼルの眸が、一瞬驚きに見開かれる。しばしの逡巡。
何かを考えるように伏せられた眸は、次瞬、強い意志を秘めた輝きをもって、デルフェルトへと向けられた。
「私が、ただ守られるだけに見えるか? 後ろにいろと言うなら、断る」
挑戦的な眸。けれど、その口元には艶やかな笑みが浮かぶ。凛とした華を思わせるその表情に、デルフェルトは苦笑を返す。
「なるほど。まったく、その通りだ。言い直そう。……どんな困難とも、共に戦ってくれるか、イゼル」
この先、ずっと。
その意味を、イゼルはゆっくりと頭の中で反芻する。そして、
「……よろこんで」
ふっと、彼女は微笑んだ。
軍人として、副指揮官として、カツカツと軍靴の底を鳴らしている彼女からは、想像もつかない柔らかな笑み。彼女に嫉妬の視線を向けていた者たちさえも、その笑みに思わず目を奪われる。
その瞬間、イゼルはまるで、競い合う華たちの中でただ一人凛と立つ百合のような、そんな気高さを纏っていた。
* * *
色鮮やかに咲き誇る、大輪の華々。
深紅のサテンに揺れる真珠。可愛らしいサーモンピンクに、銀糸の散った艶やかな黒……
百華咲き乱れるその中に、小さからぬざわめきが走った。
ありとあらゆる色の洪水の中に、何ものにも染まらない白が映える。肩を大きく出したデザインに、腰からすらりと流れるシンプルな裾。所々に碧と銀が鏤められ、控えめながら豪奢に仕立てられたドレス。長身のイゼルには、そのシンプルなデザインがとてもよく似合う。
「似合うじゃないか」
出迎えたデルフェルトに、イゼルは少しだけ照れくさそうに笑った。
「一曲お相手願えますかな」
そう言って、デルフェルトは笑みとともに腕を差し出す。今度は何の逡巡もなく、イゼルはその腕に手を乗せた。
「よろこんで」
楽団が舞踏曲を奏で始める。その軽やかなリズムに乗って、二人はホールの中央へと踊りだした。
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