「南京大虐殺」はWGIPのメインテーマです


 ここに、CI&E(民間情報教育局)からG−2(CIS・Civil Intelligence Section・参謀第二部民間諜報局)に宛てて発せられた、一通の文書がある。文書の表題は、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」、日付は昭和二十三年(一九四八)二月六日、同年二月十一日から市谷法廷で開始されたキーナン主席検事の最終論告に先立つこと僅かに五日である。この文書は、冒頭でこう述べている。
≪1.CIS局長と、CI&E局長、およびその代理者間の最近の会談にもとづき民間情報教育局は、ここに同局が、日本人の心に国家の罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的で、開始しかつこれまでに影響を及ぼして来た民間情報活動の概要を提出するものである。文書の末尾には勧告が添付されているがこの勧告は、同局が、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の続行に当り、かつまたこの「プログラム」を、広島・長崎への原爆投下に対する日本人の態度と、東京裁判中に吹聴されている超国家主義的宣伝への、一連の対抗措置を含むものにまで拡大するに当って、採用されるべき基本的な理念、および一般的または特殊な種々の方法について述べている≫
 さらにつづいて、この文書は、「占領の初期においてCI&Eが、民間情報の分野で一連の『ウォー・ギルト』活動を開始」した事実に触れ、それが一般命令第四号(SCAP・昭和二十年<一九四五>十月二日)第二項“a”にもとづくものであることを明らかにしている。一般命令第四号の、この条項の文言は次の通りである。
≪“a” 左の如く勧告する。(中略)
 (3)各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること≫
 この勧告を受けて開始されたCI&Eの、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の「第一段階」は、昭和二十一年(一九四六)初頭から同年六月にかけての時期であったと、前記の文書は記している。しかし、新聞に関して言えば、この「プログラム」は、すでにいちはやく昭和二十年のうちから開始されていた。
≪1.戦争の真相を叙述した『太平洋戦争史』(約一万五千語)と題する連載企画は、CI&Eが準備し、G−3(参謀第三部)の戦史官の校閲を経たものである。この企画の第一回は一九四五年一二月八日に掲載され、以後ほとんどあらゆる日本の日刊紙に連載された。この『太平洋戦争史』は、戦争をはじめた罪とこれまで日本人に知らされていなかった歴史の真相を強調するだけではなく、特に南京とマニラにおける日本軍の残虐行為を強調している
 2.この連載がはじまる前に、マニラにおける山下裁判、横浜法廷で裁かれているB・C級戦犯容疑者のリストの発表と関連して、戦時中の残虐行為を強調した日本の新聞向けの「インフォーメーション・プログラム」が実施された。この「プログラム」は、十二月八日以降は『太平洋戦争史』の連載と相呼応することとなった。(下略)≫

(江藤淳著『閉ざされた言語空間』 文春文庫)


 この様に、いわゆる「南京大虐殺」はWGIPのメインテーマとして喧伝され、それは今尚、手を替え品を替えて続いています。
 


資料と検証


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