甲斐武田を探検っ!!

       湯村山城跡

 

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史跡・関係地名:湯村山(湯ノ島山)城跡

住所:山梨県甲府市湯村

場所のわかりやすさ:○

駐車場:○

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:武田信虎など

<府中防衛の城>甲斐国内での内乱が収まりつつある永正十六年(1519)、武田信虎は石和(川田)から躑躅ヶ崎に自身の館を移します。しかし大永二年(1522)駿河の福島氏が甲府盆地に突如侵攻、信虎の軍勢は激戦の末、駿河勢を撤退させています。その時信虎の妻大井夫人は要害山に避難し男子を出生していますが、その男子こそがのちの武田信玄です。

この激戦に危機感を覚えたのか、信虎は翌年大永三年(1523)躑躅ヶ崎館南西にある標高446mの湯村山に支城(湯ノ島山城)の普請を命じます。大永四年(1524)には館南方の一条小山(現甲府城跡)に砦を築き、また時期不明ながら館南東の愛宕山にも砦を築いたと伝わります。信虎は駿河勢侵攻という経験を踏まえ、館周辺の防備に目が行くようになったのでしょうか?

  

 

舗装された道が続く遊歩道を30分弱歩くと復元された烽火台に到着。ここから未舗装になりますが、左側に進むと湯村山城跡に到着します。

 

 

山頂の城跡には展望小屋があり、甲府の町並みと富士山を眺めることができます。かつてはここで同じように甲府盆地を監視してたのでしょう。

当初烽火台程度のものだと考えられていた湯村山城ですが、発掘調査をしたところ東西約65m南北約130mの規模があり土塁や堀・郭を備えた立派な山城であったことが判明しています。その遺構ですが、土塁・郭・井戸跡などが残されています。石祠がある場所は土塁跡となっています。

 

展望小屋がある場所は二の郭。上の写真は北側から見た一の郭とニの郭間にある土塁。左側に展望小屋があります。

 

郭を囲む土塁も残されています。

 

一の郭にある井戸跡。

 

土塁上に建つ石祠は、金毘羅社となっています。祠右には由来が記された説明板があります。こちらも武田家と関係ありという話が伝わっています。どんな話かは・・・、お楽しみにしましょう。ゼヒ現地でご確認を!

湯村山の西側麓には湯村温泉郷、東には躑躅ヶ崎館を中心にした府中の市街が広がります。山頂の湯村山城跡には山の西側にある塩沢寺裏などからのルートと、東側の法泉寺側の緑ヶ丘スポーツ公園横からのルートで登ることができます。緑ヶ丘からですと舗装されており楽に登る事ができます。この道は最近造られたもので、当時は城南東側から二の郭へと登る道が存在したようです。ちなみに自動車は緑ヶ丘スポーツ公園に停めました。

なお、狼煙台・石祠には説明がありますが、城跡にはありません。あらかじめ予習をして、縄張り図などを片手に行くと初心者(私がそれですが)も十分楽しめます。

周辺の甲斐武田氏関係地:湯村温泉郷法泉寺など

参考文献など:甲斐国志・武田氏年表-信虎信玄勝頼/武田氏研究会など

<2008/10/23 2011/12/4リニューアル>