甲斐武田を探検っ!!

 

道喜院 谷戸淡路守屋敷跡

 

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北杜市大泉町にある道喜院。最初は天文三年(1534)に建立され道喜庵と称したそうです。その後、この地の領主谷戸淡路守などの保護を受け、慶長元年(1596)それまで谷戸淡路守の屋敷であった現在地に曹洞宗城向山道喜院を建てました。開基は谷戸淡路守となっています。

谷戸淡路守という人物、ちょっと勉強不足です。たた、武田氏滅亡後に甲斐に入った徳川家康より所領を安堵されているとのこと。このあたりの土豪という感じなのでしょうかね。大まかに言ってしまいますが、国境警備などを行なっていた津金衆武川衆が居住していた地域のほぼ中間に位置しています。

屋敷跡ということですが、素人目には何もわかりません。一応、周囲には土塁跡が・・・という話もあるんですがどうでしょうか?また、周辺地域でお寺の南は御所、東を町屋と呼んでいるそうです。

こちらの場所的には特に迷うことはないと思います。中学校がすぐ横にあるのでそちらを目指す!と、いう感じです。しかし広い道、というわけではないので、そこだけ注意ですね。

そういえば。知り合いに「谷戸」さんいらっしゃいます。それほどメジャーな姓でもないので、なにか関係があるのか?なぁんて、イロイロ考えてしまいます(笑)山梨県は人口100万人ないですからね、お年寄りの話を聞くとすぐ祖先が武田信玄に行き着いたりします、ウチもそのように聞かされました(ありえないんですが/爆)。また、結構知り合いとかアチコチで会ってしまいます。悪いことはナカナカできないですよ(笑)

 

なお、道喜院の近くには谷戸城跡があります。平安時代末、逸見清光(甲斐源氏の祖、新羅三郎義光の孫)が築いた居城跡とされています。また、武田家滅亡後の徳川氏と北条氏との争い(天正壬午の乱)の際には北条氏がここを修復し使用したと伝わっています。

城跡を発掘調査した際には14-15世紀の出土品が数多く見られて、甲斐の歴史の中でも不明な点が多い(混迷の時代ですよね)頃の資料として貴重なものなのだとか。

また、前述したように中世の地名が残されていることから、道喜院を含めたこの周辺地域に武田家の陣所があったのでは?ともいわれています。

城跡は素人目でも明確にわかる、立派な遺構が残されていて感動しました。現在、公園として整備中なのだとか!駐車場・案内板もばっちり。また隣の敷地には資料館もあります。公園の完成が待ち遠しいですよね!!

 <2007/11/24>