甲斐武田を探検っ!!

 

若神子城跡

 

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北杜市須玉町にある若神子城です。清里から佐久に抜ける国道141号の近くにありますので、行きやすい場所ですね!昔から佐久往還と呼ばれている道で、武田氏の時代には交通・軍事の要衝として重要視されていた場所です。

実際、若神子には内藤修理亮昌秀の所領があったと言われていますし、周辺には武田氏の有名な史跡が数多く残されています。下の写真は、若神子城跡からみた、現在の若神子の町並み。地区内には平賀源心のお墓もありますね。

 

今、若神子城跡は公園として整備されていまして、遺構などもちらほら残されています。

しかし、これらの遺構は武田氏滅亡後の天正壬午の乱の際、北条氏によって築かれたものだそうです。

 

 

北条氏は何もなかった場所に城を築いた訳ではなく、武田氏の時代から城(砦・烽火台)として使われていた場所に目をつけたのでした。上記のように、要衝だった若神子。武田氏(特に信玄)は信州侵攻の際軍勢をこの地に集結させたりしています。信玄は情報を重視した人物であったらしく、領地に烽火(のろし)台を整備(数キロから10キロの距離/今でいう通信網ですかね)、外敵の動きなどがあった際は烽火をあげ、躑躅ヶ崎館に知らせたそうです。長野県の川中島から2時間!で情報が届いたんだとか。現在では当然電話で瞬時にですが、現代の馬「自動車」だと2時間ではとても行けない場所です。あらためて「すごいっ!」ですね〜

 

 

公園なので、駐車場は完備。公園内のあちこちに案内板・説明板・遺構もあり、かなり楽しめる場所なのではないかと思います!清里行くついでにいかがです?(笑)

 <2007/9/13>