甲斐武田を探検っ!!

 

うの島

 

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いつみても富士山はすばらしい!飽きないですよね〜、この圧倒される大きさと美しさ!四季を通じて様々な表情で楽しませてくれる山です。

その富士山の北半分を囲うように点在する富士五湖(山中湖・河口湖・西湖・精進湖・本栖湖)ですが、このような場所にも甲斐武田に関わりのある場所があるんです。河口湖にある富士五湖唯一の島、「うの島(鵜の島、鵜之島とも)」。観光地化され、開けている船津地区とは反対側になりますが、ひっそりと「うの島」は浮いています。

信濃伊那地方神之峰城の知久(ちく)大和守頼元は、信濃に侵攻してきた武田氏に対し徹底して従属を拒否、協力さえも拒否してきました。しかしながら、やはり国力の差は大きく、天文二十三年(1554)8〜9月に武田氏に降服します。知久頼元とその子2人、家臣5名の計8名は捕らえられ、同年10月河口湖の「うの島」に幽閉、そして翌年5月28日、船津の浜にて宮下勘六というものの介錯により切腹して果てたんだそうです。

この「うの島」は戦国時代には幽閉場所として使用されていたようです。

現在、こちらの島には行くことができなくなっています。湖畔からそっと見るか、観光船で島の周囲をまわりつつ思いをはせるか・・・

 <2007/3/2>