甲斐武田を探検っ!!

 

駒井右京大夫屋敷

 

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韮崎から清里を抜け、信濃佐久に通じる佐久道、国道141号です。その道沿いに広がる韮崎市藤井町駒井地区。「駒井」といえば・・・そう、駒井高白斎が有名です。信虎・信玄に側近として仕えた彼は日記をつづり、それが現在の武田氏研究に極めて重要な史料となっています。「高白斎記」と呼ばれていますが、実際は高白斎の残したものかは疑問なのだとか。最近では「甲陽日記」とも呼ばれています。

高白斎の嫡子は右京亮昌直。武田氏滅亡後、徳川家康からは要害山城の防備を命ぜられ、徳川家に対して武田旧臣が忠誠を誓った「天正壬午甲信諸士起請文」では総代を務めていることから、武田家中のなかでも重要な家臣の一人であったと考えられています。

 

国道141号を韮崎から清里方面に走らせると藤井町駒井地区に入り、右手に駒井右京大夫屋敷と呼ばれる場所があります。呼ばれる・・・というのは、実際にこの地に駒井昌直が住んだという、きちんとした記録が残されていないから。どちらかというと躑躅ヶ崎館の北方に駒井氏の痕跡が多く残る地域があります。

 

さて、ともかく実際に行ってみると、旧家(駒井姓ではありません)の裏(北側)に東西に走る土塁跡。現在は竹やぶとなってしまっていますが、僅かに土の盛り上がりが確認できます。また、屋敷推定地とされる南北を水路が流れており、なんとなく雰囲気は感じ取れるのでは。

なお土塁の北側は新しい民家が多い気がします。古くは駒井集落の北限であったのでしょうか。

屋敷跡の敷地内には公民館もあり。こちらに駐車可能ですが、ちょっとココに至る道も細かったので、自分は国道141号沿いのもう少し北にあるJAに駐車させ、じっくり歩きながら駒井氏を感じました。

土塁跡を撮影した場所ですが、宅地造成地でした。いずれ民家になるのでナカナカ見学も厳しくなるのでしょうか。敷地跡には説明板などはまったくありません。資料の多くにも詳しく記されていませんが、チョット有名な場所。甲州名物「八ヶ岳おろし」の強烈で寒い北風を受けながらの有意義な探検でした。

参考文献:都道府県別日本の中世城館調査報告書集成8 中部地方の中世城館2山梨・長野/編集:都道府県教育委員会/東洋書林

 <2009/1/15>