甲斐武田を探検っ!!

 

本重寺 大井上野介信達墓所+上野城跡

 

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 大井上野介信達の居城、上野城です。周囲に椿が数多く咲いていたことから「椿城」ともよばれています。その城跡に本重寺が建っているということらしいです。境内には右の写真「椿城跡」という石碑が建っています。とはいえ、敷地内には恐らく遺構は残ってはいないです。

お寺の裏に大井氏一族のお墓があります。

大井氏は南北朝時代、武田信成の子信明が大井荘を領したことが始まりだそうです。その七代目信達の頃には釜無川右岸に大きく勢力を広げ有力な国人に成長しています。

永正十二年(1515)とその翌年、武田信虎と争いますが決着つかず和睦します。その際信虎に輿入れした信達の娘が武田信玄の母「大井夫人」です。ただその後も信虎の甲斐府中移住の命に栗原氏今井氏などと反発しますが攻められ降服。武田氏の家臣となります。

 

大井氏一族墓 

写真の真ん中、四角い物体が大井上野介信達のお墓。形状とツヤなどからして当然最近建てられたものです(当たり前/笑)。

 

大井氏の居城といわれている上野城ですが、永正十二年信虎に攻められた際、信虎方が「城の周りの深田に足をとられ大敗」したそうです。しかしながらこの本重寺の周辺は深田が存在する地形ではないので、実際は盆地内の平坦部に別の居城があったといわれています。

さて、お寺の敷地を出ると近くの四つ角に周辺の案内板建ってました。それにしたがうと簡単に上野城本丸跡にたどり着けます。右の写真がソレです。ひょっとしたらこの写真の奥手などに遺構のこってるんでしょうか?

 上野城遠景

 本丸跡への案内標識?無残な状態に・・・・

<2006/8/11>