甲斐武田を探検っ!!

 

上野原城跡

 

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山梨県の東端、東京方面からですと山梨県への入口になる上野原市にある上野原城跡です。甲府盆地からですと、結構遠いです・・・

遺構は中央自動車道建設にともない失われてしまったそうです。現在は、付近の神社に説明板があるばかり。駐車場もないです(こちらの神社でさえ探すのひと苦労!)城主は加藤氏で、加藤駿河守虎景(信邦とも)は諸礼などに通じており、幼きころの武田信玄に弓矢を教授したともいわれる人物です。また、彼は宇佐美駿河守定行・吉川駿河守元春とともに三駿河と称されたりもしています。

  

虎景の長男丹後守景忠は父の後を継ぎ、上野原城にて津久井口を守り北条氏に備えます。地理的な面から郡内小山田氏に属し「小山田弥三郎二百騎のうち覚えの衆」の一人に数えられています。次男弥五郎は初鹿野氏の家督を継ぎ、初鹿野伝右衛門昌次と名乗ります。武田氏滅亡後は徳川氏に仕え、小牧長久手・小田原の役・大坂の陣などで活躍しています。

景忠の子次郎左衛門尉信景は武田氏滅亡時、西多摩から勝頼を救援しようとし、逆に北条氏に囲まれ一族もろとも討死、または身の安全を図るため、西多摩に落ち土地の一揆に巻き込まれ亡くなったとも言われています。

武勇に優れた人物の多い加藤氏。意外なほどあっけない最期となりました・・・

そういえば、勝沼信友の子で、加藤氏に養子に入った信厚という人物がいたと思いましたが・・・また勉強してみます!

 <2007/6/27>