甲斐武田を探検っ!!

 

上田原古戦場

 

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上田原古戦場

塩田原とも呼ばれています。村上氏を中心とした信濃国人衆に武田信玄が敗北、数多くの戦死者を出した戦いです。

 

今回は長野県からのご案内!板垣駿河守信方墓所近くにこちらの古戦場はあります。石久摩神社の境内に石碑がありますので、この神社を目指して下さい!鳥居の手前に駐車スペースがしっかりありますので、そこに駐車。鳥居をくぐり拝殿付近で右に目を向けると!石碑が建っています。

天文十七年(1548)2月14日、信濃佐久地方の完全攻略を目指す武田氏と、それを阻止する村上氏との間で戦いが行なわれます。序盤は武田氏が優勢、板垣隊は敵陣を突破しさらに深入りします。しかしそこを村上軍に包囲され討死。さらに勢いに乗じた村上軍は反撃にでて、甘利備前守虎泰・初鹿野伝右衛門尉・才間河内守などが相次いで討死。大将の信玄も負傷します。何とか総崩れだけは免れた武田軍ですが、その場から一向に退却しようとしませんでした。諏訪上原城で留守居役をしていた駒井高白斎は案じて信玄に進言しますが、まったく聞き入れません。そこで、今井相模守信甫(甲斐府中本拠の今井氏です)と相談し、大井夫人に説得してもらうようにし、ようやく3月5日に上原城に向かいます。

神社裏の田んぼには「無名戦士の墓」があります。上田原の戦いで討死した人達のものなのだとか。この周辺にあったものをこちらに集めてあるのだそうです。この墓石ひとつひとつに壮絶な人生が刻まれています。

 <2007/5/5>