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              勝山城(都留郡勝山城)跡

 

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史跡・関係地名:勝山城跡(都留郡勝山城) 山梨県指定史跡

住所:山梨県都留市川棚

場所のわかりやすさ:○

駐車場:△(数台)

説明板:○

売店:×

地図:

本丸跡:

関係人物:小山田越中守信有小山田出羽守信有小山田信茂・鳥居元忠など

 

<勝山城>文禄三年(1594)浅野家家老浅野氏重により築城されたと伝わる勝山城です。武田氏滅亡が天正十年(1582)ですので、当時甲府には豊臣方の浅野長政・幸長がおり、関東には徳川家康がいました。豊臣方の徳川を監視・牽制する城であったのでしょう。その浅野氏が紀伊に転封になると、徳川家臣鳥居成次(元忠の子)が郡内地方を治めるようになります。さらに寛永九年(1632)から宝永元年(1704)まで秋元氏が治めます。後に秋元氏が川越に転封になると勝山城は役目を終え廃城となります。

しかしながら、現在では築城年代がもう少し前であったと思われるようになりました。享禄五年(1532)小山田越中守は当時の小山田氏の館、中津森館が火災で焼失したため、新たに谷村城を造りそちらに移ります。そこの詰め城として勝山城が建設されたようだとされています。通常豊臣氏の統治下では甲府城のように城造りは経済活動が便利な立地などを選びます。しかし谷村城があった都留は、鶴の中でも山間の狭い場所。防御にも眼を向けた、小山田氏(武田氏)時代の城造りの名残が残るものとなっています。

なお、同じ甲斐の甲府盆地(国中地方)にも勝山城がありますので、こちらの城は「勝山城」「郡内勝山城」「都留勝山城」と呼ばれます。都留市役所裏、桂川対岸の「城山(標高571m)」が城跡。駐車場は数台程度でしょうか。

   

 

<勝山城の遺構>本丸・二の丸・三の丸・内堀跡・外堀跡・・・など、遺構が豊富に残されています。整備されているので、見て歩いているのが楽しい城跡です。小さいお子さん連れの地元の家族連れ?が本丸跡で遊んでいたくらいですから、それほど危ない場所もないのですが気をつけて散策しましょう。残されている遺構は豊臣・徳川時代のモノです。しかしながらその豊臣氏などの城の特徴である石垣は、こちらの城ではあまり(ほとんど)使用されていません。甲府城の支城であったからだと思われており、ちなみに甲府城には石垣が多く残されています。

勝山城が廃城になってからは、本丸跡には東照宮が鎮座するようになりました。

周辺の甲斐武田氏関係地:谷村城跡など

参考文献:武田信虎のすべて・山梨文化学園「甲斐の城郭研究の最前線」資料・城逢人HP

 <2010/3/9>