甲斐武田を探検っ!!

       東禅寺

 

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東禅寺については、櫻井氏御子孫で京都府在住北村様から情報をいただきました。
北村様、ありがとうございました。
(2011/10/15 みん)

史跡・関係地名: 曹洞宗鳳凰山東禅寺

住所:山梨県甲府市桜井町

場所のわかりやすさ:△

駐車場:△

説明板:×

売店:×

関係人物:櫻井信貞・櫻井信忠


    



<櫻井氏と東禅寺> 国道140号(西関東道路)近くにある、 曹洞宗鳳凰山(甲斐国志では鳳皇山)東禅寺は 櫻井安芸守信忠の開基と伝わります。
  本尊の釈迦如来坐像は武田信虎により、南アルプス鳳凰山より 移し置かれたと伝わっています。

  櫻井信忠という人物、武田氏の時代から公事奉行として 文書などに名前が見られ、武田氏滅亡後は旧武田家臣である 跡部昌忠・市川家光・石原昌明とともに甲斐四奉行と呼ばれ、 徳川家康の甲斐統治に大きな役割を果たしています。 信忠は、甲斐国志によると東禅寺の牌子に戒名 「實岫玄相居士寛永二乙丑年九月廿四日 建」と記されていると伝えていますので、 これが彼の没年にあたると思われます。
  なお、桜井氏の屋敷が東禅寺周辺にあったといわれますが、 今のところ場所は定かではありません。櫻井信忠墓所は東光寺にあります。



<武田の一族> 櫻井氏には信縄・信虎に仕えた櫻井河内守信貞という人物がいます。 一部系図には武田信虎の異母弟(末弟)と伝わり、信貞が櫻井邑に住み、 櫻井を称するようになったといいます。 あまり触れられる事の少ない人物なのですが、 彼の子が櫻井信忠であると言われています。 「武田信虎のすべて」で黒田基樹氏は信虎の姉妹として 櫻井信定妻(櫻井信忠母)の存在が伝わると言います。 しかし、こちらも確実に確認できているものではありません。 なお、系図上では櫻井家は安芸守信忠から三家にわかれ、 二家は江戸時代早々に絶家。 櫻井家直系は絶家してしまっているそうです。

  妄想してみますと。武田信虎は明応七年(1498)生まれ。 父信縄は永正四年(1507)に死去していますので、 弟もしくは妹でも1498年-1507年の間に誕生した事になります。 櫻井信忠は1532年生まれとも伝わりますので、これを信用すると、 妹は若くとも25歳で信忠を出産。 当時にすると年を重ねすぎですかね?弟の方が信憑性ある気がします。
 

周辺の甲斐武田氏関係地: 逍遥院武田氏館(川田館)など

参考文献・資料など:甲斐国志・武田勝頼のすべて/柴辻俊六平山優・武田信虎のすべて/柴辻俊六など

<2008/6/1 2016/5/24修正>