甲斐武田を探検っ!!

 

東泉院 津金氏墓所

 

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北杜市須玉町下津金にある東泉院です。場所的にちょっとわかりづらいかも・・・郵便局の裏にまわりこむイメージで行くと行きやすいかも知れません。

津金といえば・・・そう津金衆!武川衆や九一色衆などとともに国境警備などにあたり、武田氏滅亡後も徳川氏のもと活躍した彼らです。ここに眠るのは津金衆宗家の面々。本堂裏手に津金衆宗家の立派な墓所があります。

そうは言っても一応個人の場所なので、多少自粛・・・

こちらのお寺、その墓所にある墓誌によると永正十三年(1516)に亡くなった美濃守胤秀(津金氏二代目)の開基。が、甲斐国志では胤秀後継、美濃守胤時が永禄八年(1565)に創建したと記載されています。うーん、どちらですかね?その胤時は原隼人覚えの衆の一人で、長篠にて65歳で討死しています。その後は子の修理亮胤久が跡を継ぎ、武田氏滅亡後は徳川義直に仕えたのだとか。

 

津金美濃守胤秀墓

津金衆宗家の墓所の中にありました。なお墓誌があり、そこにもイロイロ刻まれています。胤秀の法名は東泉院殿本室常源大居士、胤時は法諱道蓮意久居士、胤久は陽州院津厳全居士だとか。

墓誌や甲斐国志によると、同じ場所に、胤時・胤久などの墓碑?もあるようですが、素人にはちょっとわかりませんね。もうちょっと勉強して、また行ってみたい場所です。

 <2007/8/25>