甲斐武田を探検っ!!

 

鳥居畑古戦場

 

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ks026

甲斐武田氏最後の戦い。何の希望も持てない、ただ潔く死ぬだけの戦い。

鳥居畑(とりいばた)古戦場は甲州市大和町、武田勝頼生害石などがある景徳院へむかう道すぐ手前にあります。ちょうど、小宮山内膳友晴の逸話が有名な四郎作古戦場との間です。駐車場はありませんので、路駐・・・

武田家の実質的な後継者となった武田勝頼は、織田・徳川軍の甲斐侵攻にともない居城の新府城を焼き、郡内(現大月)の岩殿城にむかいますが郡内領主小山田左兵衛尉信茂に土壇場で拒否されたことにより、天目山を目指します。しかしながら織田軍に追いつかれ、田野の地(現景徳院)で夫人・嫡子信勝らとともに自害をして武田家は終焉を迎えます。

勝頼らが自害の際、その時間を稼ぐため戦った場所がココなのだとか。勝頼側近安部加賀守秋山紀伊守そして信勝付であった温井常陸介らが数少ない手勢で織田の大軍相手に奮戦したのだそうです。

石碑の前に景徳院への道が走り、さらにその横には土屋惣蔵昌恒が奮戦し、その血のため3日間水が赤く染まったといわれる日川(ひかわ)が流れます。

 <2007/7/8>