甲斐武田を探検っ!!

 

十組屋敷跡

 

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伊丹康直は摂津出身といわれ、駿河国今川氏真の海賊奉行でした。しかし武田氏の駿河侵攻にともない、武田家に従属。武田水軍の一翼を担い、武田勝頼の代には北条水軍と戦い活躍します。しかし天正十年(1582)武田家は滅亡し、伊丹氏は徳川家に属します。

その康直の子、康勝は武田の時代には大久保長安などとともに蔵前衆でした。武田家滅亡後は父同様徳川家に仕え勘定奉行などで活躍。寛永十年(1633)には甲府城番に任命されこの地を与えられました。山梨郡十組十九ヶ村であったといわれ、徳美(十組)藩と呼ばれます。しかし康勝は幕府に重用され続けたので、実際に藩の実務をこなしたは子の勝長だそうです。

 

彼は三日市場地区に陣屋を置いたことから十組屋敷と呼ばれたのだとか。今は特に遺構は残っていません。「十組屋敷」の大きな看板の少し向嶽寺側の民家に石碑が建つだけ。ただ、周辺の水路は当時の跡を連想されてくれるものだ・・・と山梨県史には記されています。

この十組屋敷跡は甲州市三日市場地区、向嶽寺恵林寺の中間ほどに位置し、道沿いにあるので行きやすい場所でしょう。写真のように大きな看板が建ち、近くにはローカルスーパーがありますのでわかりやすいはずです。看板の裏には屋敷跡と周辺地域に関してちょっとした説明が書かれています。幻の武田水軍が関わる場所です。ぜひどうぞ!

 <2008/12/19>