甲斐武田を探検っ!!

 

徳本寺 辻弥兵衛盛昌弟日守石祠

 

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辻氏屋敷跡と言われる延命寺と同じ地区にある徳本寺。辻弥兵衛盛昌は山県衆として活躍し長篠合戦後は足軽大将に出世、武田氏滅亡の際は、栖雲寺に逃れようとする勝頼一行に辻一党(野呂一党)を率いて攻めかかったとして有名な人物です(勝頼に攻めかかったという言い伝えは正しくはないそうですが)。盛昌はその後井伊直政に仕え、最後はここ南野呂の地で亡くなります。

その辻盛昌の弟に日守(東八代郡誌では日正/盛昌の子?)という人物がいます。日守は永禄三年(1560)辻六郎兵衛盛良の四男として生まれ父の遺言により出家します。天正六年(1578)、兄盛昌は徳本寺を建立しますが、その際招かれたんだとか。

 

日守石祠

本堂裏に歴代住職の墓所があるのですが、ひょっとしたら・・・・と思い、見てみるとありました!

「當寺御開山 教廣院日守」

そう記されています。

 <2006/1/29>