甲斐武田を探検っ!!

 

聖徳寺 武田左京大夫信縄墓所

 

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JR中央本線の近くにある聖徳寺です。場所なんですが、少しわかりずらく線路沿いから回り込む形で自分は行ったのですが、チョット細い道になるのでその道はお勧めできないかな?という感じです。国道140号線から入り、線路のひとつ手前の四つ角(ひとつ手前ってわかるんですかね?/笑)を左に曲がっていただければ着くはずです。

さて、武田信虎の父信縄(のぶつな)のお墓ですが、もとは聖徳寺と同じ地区内にある「長興寺」というお寺にあったんだそうです。しかしながら、長興寺は近くを流れる笛吹川の氾濫により流失。そのため、五輪塔と位牌がここに移されたんだとか。

信縄は父信昌に疎まれ、家督を弟の油川信恵に譲ろうとされます。病弱であった信縄ですが頭は抜群に切れたらしく、クーデターをおこし信昌を現山梨市落合の館に押し込めて隠居させてしまっています。

そこで怒ったのは、信縄の弟油川信恵とそれに同調する三男岩手縄美らで、甲斐国内は大きな戦乱となります。その後、外敵の侵入などで休戦などしますが以前不穏な空気が甲斐に漂ったまま・・・。永正二年(1505)隠居後も大きな影響力を持っていた父信昌が死去し、翌年には追うように信縄も死去、戦乱は信縄の嫡子信虎の代まで続いていきます。

その後、信虎は父の菩提を弔うため甲府の恵運院を再建しています。

 

武田左京大夫信縄墓所

伝信縄墓ということです。聖徳寺に伝わる法名は「長興院殿孚山邦公大禅定門」。

 <2007/2/23>